Jumat, 24 Januari 2025

5-停戦条約

5-停戦条約

● 停戦条約とは:イスラーム法治国家の統治者、あるいはその代理が敵との戦闘を一定期間‐例えその期間が必要ゆえ長引いても‐停止することです。

 停戦条約は厳守しなければなりません。またムスリムの弱体化ゆえに戦争を遅延したい、などというような福利ゆえに賠償金を支払って締結することも許されます。停戦条約は代償を伴う場合もあれば、そうでない場合もあります。

● 停戦条約を結んでいる民がイスラーム法治国家内でムスリムに対する傷害罪を犯せば、罰金や報復刑、鞭打ちなどの刑を受けます。

● 条約の遵守に関して:   

 条約や契約は遵守しなければなりませんが、相手がそれを破棄したり、または契約を遵守しなかったり、あるいはそこにおいて裏切り行為を企んでいたりするような場合は、無効化されます。また相手の裏切り行為が危険なものであった場合、契約の無効化を宣言した後に開戦することも出来ます。

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして約束を守るのだ。それは問われることになるだろうから。,(クルアーン17:34)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてもしある民の裏切り行為を(知って)恐れるのなら、(彼らがそうしたのと)同様に(盟約の破棄を)彼らに突き返せ。実にアッラーは裏切る者たちを好まれないのだ。,(クルアーン8:58)
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4-ズィンミー(庇護民)の契約

4-ズィンミー(庇護民)の契約


● ズィンミーの契約とは:ジズヤ税を納め、イスラーム法規定を遵守することを条件に、イスラーム法治国家内に居住する非ムスリムのイスラームへの不信仰を認可すること。この契約はイスラーム法治国家の長、あるいはその代理との間で締結されます。

● ズィンミーとは:啓典の民であるユダヤ教徒とキリスト教徒のことです。ゾロアスター教徒はある部分においては啓典の民と同様の扱いを受けますが、根本的な部分においては別の扱いを受けます。つまりジズヤ税を徴収されますが、ムスリムは彼らの女性とは婚姻関係を結べず、彼らの屠った肉も食用出来ません。

 一方シルク の徒に関しては、アッラーとその使徒、信仰者たちのもとで庇護の保障はありません 。ゆえに彼らがイスラームを提示されて拒否した場合、ムスリムと交戦状態に入ることになります 。というのもイスラームはシルクを認可しないからです。

 また啓典の民に関しては、以下の3つの中から選択することになります:①イスラーム、②ジズヤ税、③交戦。 

● ジズヤ税の割合:

 イスラーム法治国家の長、あるいはその代理は課税対象の経済力を考慮しつつ、金銀や貨幣、あるいは衣服や鉄や家畜などの合法な物資に対してジズヤ税を課します。

 尚未成年者や女性、奴隷や貧困者、正常な理性を備えていない者、障害者、僧侶に対してはジズヤ税の徴収が免除されます。

● ズィンミーが酒や豚肉など、彼らにとっては合法であってもムスリムにとっては非合法とされる収入源からジズヤ税や地税、血債や借金などの義務を果たしたとしても、それを受領することは合法です。

● ズィンミーに関する法規定:

 イスラーム国家はズィンミーがジズヤ税を払ったらそれを受け入れ、その後は彼らの生命を保証しなければなりません。またもし彼らがイスラームに改宗すれば、ジズヤ税の義務は解消されます。

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-啓典を授かっている者たちの内で、アッラーと審判の日を信仰せず、またアッラーとその使徒が禁じた物事を禁じもせず、真理の宗教に従わない者たちと、彼らが屈服してジズヤ税を進んで支払うまで戦え。,(クルアーン9:29)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-アッラーは宗教ゆえにあなた方に戦いを仕掛けたり、あなた方を家から追い出したりしなかったような者たちに対して、あなた方が善行を施したり公正に接したりすることを禁じられてはいない。実にアッラーは公正な者を愛でられるのだ。,(クルアーン60:8)

● 啓典の民でイスラームを受け入れた者の徳:

 アブー・ムーサー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「3種類の者には倍の報奨がある:啓典の民の内の者でその預言者を信じ、ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)を信じた者。また至高のアッラーに対する義務と、その主人に対する義務を果たした奴隷身分のしもべ。そして奴隷女性を所有する者で、彼女をよく躾け、よく教育し、その後解放して結婚する者。これらの者には倍の報奨があろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● ズィンミーがムスリムと同様に扱われるべき権利:

 イスラーム法治国家の長はズィンミーに対し、その生命と財産、名誉においてムスリムと同様の権利を認めなければなりません。また姦淫など、彼ら(啓典の民)が非合法と見做している物事に関しては固定刑 の実施を行い、酒類や豚肉の取引など彼らが合法と見做している物事に関しては刑の実施を行いません。但しそのような物事を公に行うことは禁じられます。

● ズィンミーがムスリムと同等に扱われない側面:

 ズィンミーは存命中も死後も、ムスリムとは異なっている必要があります。それはムスリムが彼らに惑わされないようにするためで、彼らはムスリムとは際立った出で立ちをしなければなりません。彼らはイスラームに興味がある場合モスクに入ることが出来ますが、マッカのハラーム・モスクだけは入ることが許されません。

● ズィンミーとの付き合い方:

 ズィンミーに表敬の意味で起立することや彼らの祝祭などを共に祝うこと、キリスト教会やシナゴーグ、その他の非イスラーム宗教施設の新たな建設、酒類や豚肉などを公けに取り扱ったりすること、宗教施設の鐘などを鳴らすこと、彼らの啓典などが高らかに読誦されること、ムスリムの建築物を越えるほどの高い建築物を建てることなどは禁じられます。

 一方で彼らの改宗を望みつつ、言葉や行為でもって彼らに親切にし、善行を施すことが奨励されます。

 至高のアッラーはこう仰られました:-アッラーは宗教ゆえにあなた方に戦いを仕掛けたり、あなた方を家から追い出したりしなかったような者たちに対して、あなた方が善行を施したり公正に接したりすることを禁じられてはいない。実にアッラーは公正な者を愛でられるのだ。,(クルアーン60:8)

● 表敬や手助けなどのために、目の前に現れたムスリムに対して起立することは許されます。また同様に、立ち上がってその者の所へ歩いて赴くことも問題ありません。しかしその者の護衛か、あるいはシルクの徒の面目を潰すつもりでない限り、座っている者の前に起立することは許されません。例えばクライシュ族が停戦協議のためにフダイビーヤの預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとへ使節を派遣した際、アル=ムギーラ・ブン・シュゥバ(彼にアッラーのご満悦あれ)は座っているアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の前に護衛のために立っていました。

● ズィンミーの契約はいつ無効化されるか:

 1-ズィンミーの契約は彼らがジズヤ税の支払いを拒否するか、またはイスラームの法規定遵守を拒むか、あるいはムスリムに対して殺人、姦淫、強盗行為、スパイ行為などの法的侵害を行うか、あるいはアッラーとその使徒、またはイスラームの啓典や法に汚名を着せたりした場合に無効化され、同時にその生命と財産の安全保障も消失します。

 2-ズィンミーの契約が無効化されれば、その者はムスリムと交戦状態にある者と見なされます。それでイスラーム法治国家の長はその者を死刑にするか、奴隷化するか、または無償解放するか、あるいは有償解放するか、最も福利に適う選択をします。

● 安全保障:

 非ムスリムの商売やイスラームの学習などの目的のため、全ムスリムは彼らに対し一定期間、イスラーム国家内における安全保障を付与することが出来ます。但しそうすることによって害悪が発生する恐れがある場合は、その限りではありません。また安全保障を行うムスリムは成人で正常な理性を備えており、また自らの意思でそれを行う必要があります。またイスラーム法治国家の長は、あらゆる非ムスリムに対し安全保障を与えることが出来ます。

 安全保障を与えられた非ムスリムは殺害や拘束、害悪などによって権利を侵害されることを禁じられます。

至高のアッラーはこう仰られました:-そしてシルクの徒が保護を訴えてきたら、その者がアッラーの御言葉(クルアーン)を耳に入れるべく保護してやるのだ。それからまた彼を安全な場所まで送り届けてやれ。というのも彼らは無知な民であるからである。,(クルアーン9:6)

● アラビア半島における非ムスリムの居住について:

 ユダヤ教徒やキリスト教徒を始め、いかなる非ムスリムもアラビア半島に留まることは許されません。但し滞在が仕事などの必要で、彼らの害悪が見込まれない場合においては合法化されます。

● 非ムスリムがモスクに入ることに関して:

 1-非ムスリムがマッカのハラム領域に入ることは許されません。偉大かつ荘厳なるアッラーはこう仰られました:-信仰する者たちよ、シルクの徒は不浄である。それゆえ今年以降は彼らをハラーム・モスクに近付けてはならない。もしあなた方が困窮を恐れるのであっても 、アッラーがその恩恵でもってあなた方を豊かにしてくれよう。実にアッラーは全てをご存知になり、この上ない英知を備えられたお方である。,(クルアーン9:28)

 2-またそれ以外の領域にあるモスクに関しては、何らかの必要や福利のためにムスリムがそれを許可しない限り、非ムスリムがモスクに足を踏み入れることは禁じられます。

● 安全協定を結んでいる非ムスリムを不当にあやめることの罪:

 イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「協定を結んでいる者を殺した者は、天国の香りを嗅ぐことがない。それは40年も向こうの行程から漂ってくるものであるにも関わらず、である。」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● イスラーム国家内における教会などの建設に関して:

 モスクはイーマーンの家ですが、現代のキリスト教会やシナゴーグなどは不信仰とシルク の家と成り果てています。そして全ての大地は、偉大かつ荘厳なるアッラーにのみ属しているのです。
 
 アッラーはモスクの建設と、そこにおいてかれのために崇拝行為が行われることを命じられました。そしてそこにおいてかれ以外の何ものかが拝されることを、禁じられたのです。
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①サウム(斎戒)の意味とその義務性と徳:

①サウム(斎戒)の意味とその義務性と徳:

● 偉大かつ荘厳なるアッラーは、しもべが自らの欲望に従うか、あるいはその主に従うかを試すために、イバーダ(崇拝行為)を多様な形に定められました。そして宗教において、サウムのようにアッラーの御顔を求めて飲食物や性交などの自らの欲望を制限する種類のものも定められた一方、ザカー(浄財)やサダカ(施し)のようにアッラーの御顔を求めて財など自ら欲求するものを費やす種類のものも定められました。もしかするとある者は容易に1000リヤル 施すことは出来ても、1日のサウムにすら耐えられないかもしれません。またその逆の場合もあるでしょう。このようにアッラーは、しもべを試すためにイバーダを様々な形に多様化させられたのです。

● 心の改善:

心の改善と矯正は、主のみに関心を集中させ、そしてかれに親しむことで達成されます。しかし飲食や言葉や睡眠の過多、そして人々と必要以上に交わることなどは人をその主から断絶させてしまい、乱雑さや放逸さを助長します。そこで偉大かつ慈悲深いお方はそのご慈悲ゆえ、しもべたちに飲食過多を解消し、至高のアッラーへの道において障害となる様々な欲望から心を解き放つべく、サウムを定められたのです。
またアッラーは、しもべたちにイァティカーフ(お篭り)を定められました。それは心がアッラーへと専念し、かれと交流し、そして他のものとは隔絶してかれと2人きりになる機会を提供します。またアッラーは来世において何の益にもならないような言葉を抑制し、心身を益するキヤーム・アッ=ライル(夜の任意の礼拝)も定められました。

● サウムとは:偉大かつ荘厳なるアッラーへの奉仕と服従としてサウムをするという意図を持ちつつ、真のファジュル(暁) から日没まで、飲食や性交などのサウムを無効化する諸要因から身を控えることです。

● サウムが定められたことの英知:

1-サウムは、義務行為を遂行し禁止行為を放棄することによって、偉大かつ荘厳なるアッラーに対するタクワー を獲得する手段です。

2-サウムは人に自らを規律づけ、欲望を抑制することを教えてくれますし、また責任を全うし困難に耐える訓練を施してくれます。

3-サウムは、同胞の痛みを分かち合う心を養います。そしてそれにより、貧者や困窮者への善行や奉仕へといざないます。こうして愛情や同胞愛といったものが養われるのです。

4-サウムは魂を浄化し、卑しい性格や悪徳などを直してくれます。また消化器官を過労から休息させ、その活力と回復を促します。

● ラマダーン月 のサウムはイスラームの5柱の1つです。偉大かつ荘厳なるアッラーはヒジュラ暦2年にそれを定められました。

● ラマダーン月は最良の月です。その月末の10日間の夜は、ズー・アル=ヒッジャ月 の最初の10日間の昼より優れています。一方ズー・アル=ヒッジャ月の最初の10日間の昼は、ラマダーン月の最後の10日間の昼よりは優れています。そして1週間の内最良の日は金曜日で、イード・アル=アドゥハー(犠牲祭)の日は年間を通して最良の日であり、ライラト・アル=カドゥル は年間を通して最良の夜です。

● ラマダーン月のサウムの義務性:

 ラマダーン月のサウムは男女を問わず、全ての①ムスリム、②成人、③理性が健常な者、④サウムを遂行可能な能力を備えている者、⑤定住者、⑥また月経や産後の出血などのサウムの有効性を妨げる要素がない者に、義務付けられています。
 またアッラーがウンマ(イスラーム共同体)に定められたサウムは、それ以前の啓典の民にも定められていました。
 至高のアッラーはこう仰られました:-信仰する者たちよ、あなた方以前の者たちにも定められたように、あなた方にもサウムが課せられた。(それによって)あなた方はタクワーを獲得するであろう。,(クルアーン2:183) 
● ラマダーン月の徳:

 ラマダーン月に入ると、天国の扉は開け放たれます。そしてアッラーはその月の毎晩、地獄から人々を救われます 。そしてその月の後半には、1000の月にも優ると言われる1晩が潜んでいるのです。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ラマダーン月が来ると、天国の諸門は開け放たれ、地獄の諸門は閉じられる。そしてシャイターンはかせをつけられ(て拘束され)るのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 
 
● サウムの徳:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アーダムの子(人間)の全ての行いは、その10倍から700倍の善行として倍増させられる。偉大かつ荘厳なるアッラーは仰った:「但しサウムは別である。それはわれのためのものであり、われはそれに(特別な)報奨を授ける。(というのもサウムする者は)われゆえにその欲望と食事を放棄したからである。」そしてサウムするものには2つの喜びがある:サウムを解くときの喜びと、主と謁見した時の(特別なご褒美に対する)喜びである。そして(サウムする者の)口臭は、アッラーの御許において麝香の香りよりも芳しいものなのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ライラト・アル=カドゥルをイーマーンと報奨への望みをもってサラー(礼拝)する者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

3-サハル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「天国には8つの門がある。そしてそこにはサウムの徒しかそこから入ることのない、アッ=ライヤーンという名の門がある。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )
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②サウムに関する諸規定:

②サウムに関する諸規定:
 
● ムスリムはラマダーン月の報奨を得るためには、イーマーン と困難の代償である報奨への望みをもってサウムしなければなりません。そして見栄や世評、単なる慣習や周囲の人々への盲従ゆえにサウムするようであってはなりません。ムスリムは他のイバーダート(崇拝行為)同様アッラーに命じられたゆえにサウムするのであり、それでもってアッラーの御許における報奨を望むのです。

● ラマダーン月のサウムを始めるにあたって確認しなければならない2つのこと:

1-男女関わらず、視力に優れた信頼に値するムスリムにより、ラマダーン月の新月が観測されること。

2-あるいはシャアバーン月 が30日完遂すること。

● ラマダーン月の新月観測に関する諸規定:

もしシャアバーン月30日目の晩の空が見通しがよいにも関わらず、新月が観測されなかった時は、サウムを始めません 。
またサウムを始め、ラマダーン月28日目に翌月の新月が観測されてしまったような時は、イードの日の後に1日ラマダーン月のサウムを補わなければなりません。
また1人の新月観測の証言によりサウムを始め、ラマダーン30日目になっても新月が観測されない場合、新月が観測されるまでサウムを継続します。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“(新月の)観測と共にサウムを始め、(新月の)観測と共にサウムを終えよ。もし(天候が悪く空の)見通しが悪い場合は、シャアバーン月を30日完遂するのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● ある地域の誰かが新月を観測したら、その地域に居住する(サウムの義務が課されている)全ての者はサウムを始めなければなりません。観測場所によって月の位置は異なるため、各地域や国によって新月観測によるサウムの開始・終了時期は異なってきます。しかし全ての国がある1つの新月観測によって一斉にサウムをするのなら、それは望ましいことであり、またムスリムの統一と同胞愛、団結の表れともなります。ゆえに至高のアッラーがそう思し召しになるその時まで、各ムスリムは自国の人々と共にサウムするべきで、分裂して各々が別々にサウムを始めたり終えたりするべきではありません。そしてそれはアッラーが禁じられている、ムスリムの分裂という危険な要素を回避するためでもあります。

● ラマダーンの新月を確認したのに、周りからその言葉を受け入れてもらえなかった者、あるいはシャウワール月 の新月を確認したのに、周りからその言葉を受け入れてもらえなかった者は、サウムの開始・終了時期において周りの人々に足並みを揃えなければなりません。
またもし昼間に新月が観察されたら、それは次の晩のものと見なされます。そしてもし新月が日が昇る前に隠れてしまったら、それは前の晩のものと見なされます。

● ラマダーン月に関わらず、新月を見た時には次のように唱えることが推奨されています:「アッラーよ、祝福とその継続と共に、そして平安とその継続と共に新月をお見せ下さい。私とあなたの主は、アッラーです。」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承 )

● ラマダーンの新月がイスラーム法に則った形で観測されるか、あるいはその終了が確認されるかしたら、ムスリムの指導者は合法的な手段をもってそれを布告しなければなりません。

● サウム中に別の国に移転した場合、サウムの開始・終了時期は移転先の国のそれに従います。ゆえに彼らがサウムを終了したら自らも終了することになります。ただそうすることによって、もし自分の遂行したサウムが29日間に満たない場合には、イードの日の後に1日分のサウムの不足分を補います。またもしサウムが30日間以上に達する場合であっても、その国の人々に合わせてでしかサウムを終了してはなりません。

● サウムのニーヤ(意図)の義務性:

ラマダーン月のサウムをするにあたっては、その日のファジュル(暁)前の晩からそうするというニーヤを明確にしておかなければなりません。ただラマダーン月以外の任意のサウムに関しては、ファジュル(暁)後のサウムを無効にするいかなることもしていないことを条件に、昼間からニーヤを立てることが出来ます。

● 義務のサウムでも、もし前日の晩にラマダーン月の開始がまだ判明していなかった場合で、かつ昼間に新月の確認がされたら、その時は昼間にニーヤを立てることが正当化されます。そしてそのような場合は、もしそれ以前に食事などをしてしまっていたとしても、日没まで残りの昼間をサウムしなければなりません。そしてその日のサウムは、定刻に行われた正しく完全なものと見なされるので、それを不完全なものとして後に補足してやり直す必要はありません。

● ラマダーン月の昼間に、それ以前は精神に以上をきたしていた者が回復したり、年少者が成熟したり、あるいは不信仰者がムスリムになったりした場合、彼らはサウムの義務が発生した時点に‐つまり昼間であっても‐ニーヤを立てることが許されます。その日はそれ以前に飲食などしてしまっていても問題はなく、その日のサウムを不完全なものとして後に補足してやり直す必要はありません。

● 全ムスリムは、サラー(礼拝)やサウムにおいて、現在いる場所の日付や時刻に従います。サウムする者は地上であろうと、飛行機の中にあろうと、はたまた船の上にあろうと、現在いる場所の日付や時刻に従ってサウムを始め、解くのです。

● 老人と病人のサウム:

 定住者であるか否かに関わらず、老衰や回復の見込みのない病気ゆえに義務のサウムをしない者は、毎日経済的な困窮者1人に食事を施し、それでもってサウムの代償としなければなりません。そして彼がサウムしなかっただけの食事を作り、困窮者たちに振舞うのです。その時期は個人の判断に任されており、毎日そうすることも、あるいは後回しにすることも可能です。また望むならば、毎日半サーア の食料を1人の困窮者に施すことも出来ます。

● 精神的失調や精神錯乱などに陥っている者は、サウムする義務もなければその償いをする必要もありません。というのもそのような状態にある者は、そもそも諸義務を課されてはいないからです。

● 月経中、あるいは産後の出血中の女性は、サウムすることが許されていません。そのような状態にある者はサウムをせず、後に出来なかった日数分のサウムを補うことになります。また日中に清浄な状態に戻ったり、あるいはサウムをせずに旅行し、そして昼間にその旅行を終えたような状態にある者は、サウムする必要はありません。そのような者は、後でその日の分のサウムを補うことになります。

● 妊娠中、及び授乳中の女性は、サウムすることでもし自らの身、あるいは自分自身と胎児あるいは乳幼児の双方の危険を感じるならば、サウムしません。そして後に、やらなかった日数分のサウムを補足します。

● 旅行中のサウムに関する諸規定:

 大まかに言って、旅行中はサウムをしない方がよいとされています。しかしラマダーン月の旅行者は、もしサウムをしても余り困難が見込まれないようであれば、サウムをした方がよりよいでしょう。しかしもし旅行中にサウムをすれば困難に直面しそうなのであれば、サウムはひとまず解いておいた方がよいでしょう。また旅行中のサウムが非常な困難を伴うのが分かっていれば、そのような時はサウムをしないことが義務となります。そして旅行が理由で義務のサウムをしなかった場合は、後でその分を補わなければなりません。

 アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちは預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と旅行したものですが、サウムしている者はそうしない者を批判しませんでしたし、サウムしていない者がそうしている者を批判することもありませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● サウムをするニーヤを立ててサウムを始め、その後1日中あるいは日中の一部を意識不明のまま過ごした者は、そのサウムは‐アッラーのお許しと共に‐正しく有効なものと見なされます。

● ラマダーン月、あるいはそれ以外の月において意識の喪失や病、精神異常などにより意識を失い、それから目覚めた者は、その間出来なかったサラー(礼拝)やサウムを後にやり直すことはありません。というのも、そのような者はその間諸義務の遂行を課せられてはいないからです。一方自ら進んでそのような状態を招いた者は、その状態から回復した後に出来なかった分の埋め合わせをします。

● サウムするニーヤを立ててスフール(夜明け前に摂る食事)を摂り、それから眠りに落ちて日没まで目覚めなかった者のサウムは正しいと見なされます。後でやり直す必要もありません。

● ラマダーンの昼間につい忘れて飲食したり性交したりしてしまっても、そのサウムは正しいと見なされます。

● サウム中に夢精した者のサウムは正しいと見なされます。そのような者はグスル しなければなりませんが、罪を犯したことにはなりません。

● サウムするのが困難な状況にあるか、あるいはすれば自らを害することが分かっている者は、サウムしてはいけません。そのような者にはサウムをしないことが義務となり、後にその埋め合わせをします。

● ムスリムは常に清浄な状態にあることが望まれます。一方サウムしようとする者で大きな汚れ や月経や産後の出血が上がった後の状態にある者は、その状態を清めるためのグスルをファジュル(暁)前まで後伸ばしにすることが出来ます。そしてそのサウムは正しく、有効なものとみなされます。

● ラマダーン月に旅行する者は、乗り物に乗り込む前にサウムを解いておくことがスンナ です。また溺れている者の救助や火事の消火活動のためなど、他人の福利のためにサウムを解いた者は、後にその日の分のサウムをやり直します。

● 太陽が沈まない土地でサウムする方法:

 夏に太陽が沈まず、冬に太陽が昇らないような土地にある者、あるいは昼がある一定の期間連続し、夜もある一定の期間連続するような土地にある者は、昼夜の区別がつく最寄りの土地の時刻に従ってサラー(礼拝)とサウムをします。但し昼夜の合計時間数は24時間でなければならず、サウムを開始したり終了したりする時刻や日付は、その国のそれに従います。

● ラマダーン月の昼間に月経中の妻と交わった者は、罪の償いをした上に、そのサウムをやり直す必要があります。そして月経の章で示したように、1ディーナール(4.25g)あるいは半ディーナール分の金を施さなければなりません。

● 日没前に旅客機が出発して離陸したら、サウムしていた者は日没までサウムを解くことが出来ません。

● ラマダーン月のサウムの義務性を否定する者は、サウムしようとしまいと不信仰に陥ったことになります。一方無頓着や怠惰ゆえに義務のサウムをしない者は不信仰に陥っているとはみなされず、ゆえにそのサラー(礼拝)も正しく有効であると見なされます。ただそのような者は非常に大きな罪を犯していると見なされるでしょう。

● サウムを無効にする物事は次の通りです:

1-日中の飲食。
2-日中の性交。
3-性交渉やキス、自慰行為などによって覚醒した状態で精液が発射されること。
4-日中に注射や点滴などによって、栄養剤などを摂取すること。

以上のものは、それらがサウムを無効とするものであることを知りつつ、故意に、かつ意識的に行った者のサウムを無効にする物事です。

5-日中の月経、及び産後の出血。
6-イスラームの棄教。

● サウムを無効にする物事は2種類に分類されます:

1-飲食やそれに類する諸事のように、身体を益したり、また栄養を補給したり、強化したりする物質が体内に入ること。あるいは血液やアルコールなどの摂取のように、身体に害を及ぼす物質が体内に入ること。

2-精液の発射や月経及び産後の出血に代表されるように、身体の疲労や消耗をもたらすような物質が体内から放出されること。

● まだ夜だと思い込んで食べていたら、実はもう朝になっていたことを後に知った者、あるいは太陽がもう沈んでいると思い込んで飲食したものの、実はまだ日没していなかったことが判明した者のサウムは正しく有効です。やり直しする必要もありません。

● サウムを無効にしない物事:

 コフル 。注射。尿道から垂れる尿滴。薬品の塗布。香水。油。お香。ヘンナ 。眼、耳、鼻に1滴ほどの物が入ること。嘔吐。吸玉放血法(カッピング)。静脈による放血法(医療の1種)。血を抜くこと。鼻血。出血。負傷による出血。抜歯。精液に先駆けて出る潤滑液。あるいは尿の後に出ることのある白く濁った液体。喘息の発作を抑える吸入・・・。

● 血液検査のための採血や、栄養補給などではなく医療ゆえの注射などは、サウムを無効にしません。しかし出来るだけ夜間に行う方が望ましく、また賢明でしょう。

● 女性はサウム、あるいはハッジ(大巡礼)のために月経の時期を遅らせる薬品を使用することが許されています。但し医師など信頼のおける筋から、その使用の安全性を確認することが必要ですし、出来ればそのような物は使用しないで済ませる方がよいでしょう。

● 全血液の洗浄‐体内から血液を抜き、そこにある種の物質を付加してきれいな状態で再び体内に戻す医療法‐は、サウムを無効にします。

● サウムする者は自慰行為、あるいは配偶者と性交に至らない範囲で射精した場合、罪を犯したと見なされます。このような者はそのことに対する代償を払う必要はありませんが、後でそのサウムを再度やり直さなければなりません。

● ラマダーン月にサウムしたまま旅行し、その昼間に妻と性交してしまった者は、そのことに対する代償を払う必要はありませんが、後でそのサウムを再度やり直さなければなりません。

● ラマダーン月の日中に定住状態にある者がもし故意に、そしてその事がサウムを無効にすることを知りつつ、かつ意識的に妻と性交すればそれは罪であり、そのことの代償を支払わなければならず、またそのサウムをやり直さなければなりません。しかしもしそれが強制によるものであったり、あるいはその事がサウムを無効にするということに無知だったり、あるいはつい忘れてそうしてしまった場合、そのサウムは正しく有効であると見なされます。そのような者はサウムをやり直す必要もなければ、代償を支払う必要もありません。これは男女双方に適用される規定です。

● ラマダーン月の昼間の性交によるサウムの無効化の代償は:

 奴隷を1人解放することです。もし奴隷がなければ、2ヶ月連続のサウムです。そしてそれが出来なければ、60人の経済的困窮者に半サーア ずつの食事を振舞わなければなりません。そしてそれさえも出来ないのなら、代償を払う義務は免除されます。尚この代償は、サウムの義務を課されている者がラマダーンの昼間に、その事がサウムを無効化するということを知りつつ故意に性交した場合にのみ課されます。ゆえに任意のサウム、誓いのサウム、あるいは義務のサウムのやり直しにおいて昼間に性交した場合、代償は課されません。

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「ある男が預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとにやって来て、言いました:“アッラーの使徒よ、私はもうだめです。” 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“何がだめなのだ?”(男は)言いました:“ラマダーン月に妻と交わってしまいました。”(預言者は)言いました:“奴隷を1人解放出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”(預言者は)言いました:“それでは2ヶ月間連続してサウムすることは出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”(預言者は)言いました:“それでは60人の困窮者に食事を振舞うことは出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”それから(男は)座りました。
 すると預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに、ナツメヤシの実が入った袋が運んで来られました。(預言者は男に)言いました:“これでもって施すがよい。”(すると男は)言いました:“私たちより貧しい者に、ですか?2つの溶岩地帯の間(マディーナのこと)には、私たちよりもそれを必要としている者はいないというのに。”すると預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は犬歯が露わになるほど笑われ、こう言いました:“行くがよい。そしてそれでお前の家族に食べさせよ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 代償としての2ヶ月連続のサウムなどを課された者は、2つのイードの日、旅行、サウムが出来ない類の病気、月経や産後の出血などがない限り、それを連続して行わなければなりません。

● ラマダーン月の昼間に2日間、あるいはそれ以上妻と性交してしまった者は、その日数だけの代償とサウムのやり直しをしなければなりません。しかしもし1日に何度も性交してしまった場合は、代償は1日分のみと見なされ、無効となったその日のサウムは後にやり直します。

● サウムをしていない旅行者が昼間に旅行を終え、そしてその妻が月経や産後の出血から清浄な状態にある場合、彼は妻と性交渉を行うことが出来ます。

● ラマダーン月にやり残したサウムは、迅速にかつ連続して完遂することが推奨されます。もし時期的に余裕がない場合(つまり次のラマダーンが迫って来ているような場合)は、連続して行うことは義務となります。そしてもしラマダーン月にやり残したサウムの完遂を正当な理由もなく次のラマダーン月が来るまで後伸ばしにしてしまったら、それは罪深いことであり、かつその遂行義務は継続します。

● 偉大かつ荘厳なるアッラーはサウムを遂行することが出来る者に対して、ラマダーン月のサウムをその定刻通りに行うことを義務付けられました。また旅行者や月経中の者など、一時的な正当な理由を有する者に対しては、ラマダーン月の後にその義務を遂行することを義務付けられました。そして老衰している者など、ラマダーン月の間もその後もサウムの遂行能力がない者に対しては、食べ物による施しを義務付けられました。

● ラマダーン月のサウムの義務を遂行しないまま死んでしまった者は、もし病気その他の理由による正当な口実がなかったなら、故人の代わりに誰かがそれを遂行したり、あるいは食事を施したりする義務はありません。一方そうする能力があったにも関わらず、サウムの義務を遂行しないまま死んでしまった者に関しては、その後見人(遺産相続人)が代わりにサウムを遂行しなければなりません。
   アーイシャ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サウムの義務を果たさぬまま死んでしまった者は、その後見人がその者のためにサウムするのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● その義務性を知りつつ、故意にかつ意識的にラマダーン月にサウムしなかった者で、かつサウムをしなくてもいい正当な理由もなかったような者は、後にそのやり直しをすることも出来ず、またもしそうしたとしてもそのサウムは正しく有効なものではありません。そのような者はひどい罪を犯しているのであり、悔悟し、かつ罪の赦しを乞わなければなりません。

● 誓いのサウムや誓いのハッジ(大巡礼)、誓いのイァティカーフ(お篭り)などを遂行しないまま死んでしまった者に関しては、その後見人がその義務を遂行することが奨励されます。後見人とは遺産相続人のことですが、それ以外の者でも有効であり、かつ報奨が与えられるでしょう。

● サウムをしない、あるいはサウムを解除しようと考える者は、例えサウムをしていたとしても既にサウムを解いたことになります。というのもサウムは2つの基幹‐ニーヤ(意図)と、サウムを無効にする物事から身を控えること‐のもとに成立しているのであり、もしサウムをしない、あるいはサウムを解こうと思った者は、その時点で全ての行いの基本でありかつあらゆるイバーダ(崇拝行為)の構成要素の中でも最も偉大なものであるニーヤという、サウムの基幹の1つが欠落してしまっているからです。

● 「もし明日からラマダーンだったらサウムしよう」と決めてシャアバーン月(ラマダーンの前の月)30日目の晩に寝た者で、後に(彼がシャアバーン月30日目と思い込んでいた)その日が実はラマダーン初日であることが判明したのなら、そのサウムは正しく有効なものとなります。

● 禁止令というものはもしそれがイバーダ(崇拝行為)そのものに関するものであれば、それを犯す事は禁じられており、かつそうすることでそのイバーダ自体も無効となります。そのような例としてイードの日にサウムすることなどが挙げられます。また、禁止令がそのイバーダ特有の言葉や行いに関するものであれば、それを犯すことでそのイバーダ自体が無効となります。例を挙げるなら、サウムする者が食事を摂取することで、そうすればそのサウムは無効になります。そしてもし禁止令がイバーダやその他のことに関する一般的なものであれば、それを犯してもそのイバーダ自体が無効化することはありません。例えばサウムをする者が人の陰口を言ったりすることで、それは禁止行為ではあってもサウムを無効化にまではしません。この法則は全てのイバーダに適用されます。
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③サウム(斎戒、いわゆる断食)におけるスンナ :

③サウム(斎戒、いわゆる断食)におけるスンナ :

● サウムする者は、スフール(夜明け前に摂る食事)を摂ることがスンナです。スフールには祝福があり、ナツメヤシの実で摂ることがよいとされています。また時刻は遅めに摂ることが勧められています。スフールの祝福の1つとして、ムスリムがそれでもってアッラーへの服従とイバーダ(崇拝行為)において力強くあること、また罪の赦しを乞いドゥアー(祈願)するべき時間に睡眠に負けることなく起きていられること、皆と共にファジュル(夜明け前の礼拝)を礼拝できること、啓典の民のサウムの手法と違った手法をとることなどといったことがあります。

● またイフタール(日没直後のサウム解除の際の飲食)は早めに摂り、礼拝前にナツメヤシの実でサウムを解くのがスンナです。もしナツメヤシの実がなければ水で、そして水さえもなければ何でもよいから合法的な飲食物でイフタールを摂ります。もし何も口にする物がなければ、心の中でイフタールを意図するだけに留めます。

● サウムをすることにより体内に蓄積してある糖分が大量に失われ、血糖値は通常よりも下がり、疲れやだるさ、めまいなどの症状が現れます。このような中でナツメヤシの実の摂取は‐アッラーの思し召しと共に‐サウムによって失われた糖分や活力を取り戻してくれることでしょう。

● サウムする者にイフタールを振舞うことはスンナです。そうすることでイフタールを振舞う者は、サウムした者と寸分も変わりのない同等の報奨を得ることが出来るのです。

● サウムするものがイフタールの時に言う事:

 サウムする者はイフタールの際、ズィクル(念唱)とドゥアー(祈願)を多く唱え、またそれを口にする時にアッラーの御名を唱えることがスンナです。そして食べ終わった時にはアッラーを讃え、こう言います:「喉の渇きは癒され、血管は潤い、そしてアッラーの思し召しならば(サウムの)報奨は確定しました。」(アブー・ダーウードの伝承 ) 

● サウムする者もしない者も、スィワーク することがスンナです。日中のいつでも行うことが出来ます。

● サウムする者は、誰かに悪口を言われたり喧嘩を仕掛けられたりしたら、こう言うのがスンナです:「私はサウム中です。私はサウム中です。」そしてもしその時立っていたら、座るようにします。

● サウムする者はズィクル(念唱)やクルアーン読誦、気前よくすること、サダカ(施しや善行)、貧しい者への慰安や罪の赦しを乞うこと、悔悟、タハッジュド 、親類縁者とのよき関係作り、病人の訪問などの善行を努めて多くすることがスンナです。

● ラマダーン月のイシャーゥ(夜の礼拝)の後には、タラーウィーフ(ラマダーン月の夜の特別集団礼拝)に参加することがスンナです。タラーウィーフはウィトル も含めた11ラクア、あるいは13ラクアがスンナですが、それ以上に増やしても問題はありません。そしてイマーム(礼拝を率いる者)と共に最後まで礼拝した者は、キヤーム・アッ=ライル(夜の任意の礼拝)の報奨を得ることが出来るでしょう。

● イード・アル=フィトゥル(ラマダーン明けの祭日)の日は、イードの集団礼拝に出かける前にナツメヤシの実を奇数個食べることがスンナです。

● サウムをしている昼間に食事に招待されたら、「私はサウムをしています」と言うのがスンナです。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「サウムしているのに食事に招待された者は、こう言うのだ:“私はサウムをしています。”」(ムスリムの伝承 )

● サウムをしていたか否かを問わず、誰かに食事をご馳走になったら、こう言うのがスンナです:「あなた方のもとでサウムをする者たちがサウムを解き、正しくよき人々があなた方の食べ物を食べ、天使たちがあなた方に対しアッラーの赦しを乞いますように。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承 )

● ラマダーン月のウムラ(小巡礼)はスンナです。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「・・・ラマダーン月のウムラはハッジ(大巡礼)、あるいは私と共にするハッジ(の報奨)に相当する。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● ラマダーン月最後の夜にウムラのためのイフラーム に入ったものの、イードの日の夜になるまでウムラの諸行を始められなかった者は、ラマダーン月内にウムラをしたと見なされます。というのも考慮されるのは、行為の開始時間であるからです。

● ラマダーン月最後の10日間は、様々なイバーダ(崇拝行為)でもって努力し、夜通し家族を起こしておくことがスンナです。

● ライラト・アル=カドゥル の徳:

 ライラト・アル=カドゥルはその年の全ての物事が公正に決定され、生きるための糧や寿命やその年の様々な出来事などが定められる、非常に意義深い1晩のことです。
 ライラト・アル=カドゥルはラマダーン月の最後の10日間のウィトル の中で求められますが、最もその確率の高いものは27日の夜と言われています。 

● ライラト・アル=カドゥルの特徴: 

 ライラト・アル=カドゥルは(そこにおいて得られる報奨において)1000の月、つまりおおよそ83年と4ヶ月という長期間にも優り、その晩は徹夜して正しい伝承で伝えられるドゥアー(祈願)の言葉を多く唱えることが勧められています。 

1-至高のアッラーはこう仰られました:-実にわれら(アッラーのこと)はそれ(クルアーン)をライラト・アル=カドゥルに下した。そしてライラト・アル=カドゥルとは何か?ライラト・アル=カドゥルとは、1000の月にも優るもの。(その夜)天使たちとジブリールはその主のお許しと共に、(その年にアッラーがお定めになった)全ての諸事のため降臨する。その夜は暁まで、(いかなることからも)平安なのである。,(クルアーン97:1-5)

2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ライラト・アル=カドゥルをイーマーンと報奨への望みをもってサラー(礼拝)する者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

3-アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はこう言いました:“アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)よ、教えて下さい。もしライラト・アル=カドゥルがどの日であるか知ることが出来たなら、その晩私は何を唱えるべきでしょうか?”(アッラーの使徒は)言いました:“こう言うのだ:「アッラーよ、あなたは罪を帳消しになされる、寛大なお方。あなたは罪を免除されることを愛でられるお方。ゆえに私の罪を帳消しにして下さい。」”」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 )
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④サウムにおける義務と忌避すべき、あるいは禁止される物事:

④サウムにおける義務と忌避すべき、あるいは禁止される物事:

● サウムする者は必要以上にうがいしたり、鼻の洗浄をしたり、また必要もなく食事の味見をしたり、あるいは吸玉放血法(カッピング)など体が弱る原因となるようなことを避けるようにすべきです。

● サウムする者は、マグリブ(日没)のアザーン(礼拝の呼びかけ)を聞いたらサウムを解かなければなりません。また真のファジュル(暁) に入ったら、飲食などサウムを無効にする物事を断たなければなりません。

● ムスリムは嘘や陰口、悪口などを常日頃から言ったりしてはなりませんが、ラマダーン月には特にそのようなことを慎まなければなりません。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アッラーは虚言とそれによる行い、無知(な者たちの性質など)を放棄しない者が飲食を断つことなど、お求めにもならない。」(アル=ブハーリーの伝承 )
 
● サウムしている者が妻とキスしたり性交渉を持ったりすること:

 サウム中にあっても、夫が妻にキスしたり、衣服の外から触れたり、(性交にまでは及ばない範囲の)性交渉を持つことは許されています。そしてそうすることで例え欲望が湧き上がったとしても、自らを抑制する自信があるならば問題はありません。しかしもし精液の流出などサウム中にアッラーが禁じられた物事を犯してしまう恐れがあるならば、そのようなことをするのは禁じられます。

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)はサウム(斎戒、いわゆる断食)の状態にある時、(妻たちと)キスしたり接触をもったりしました 。そして彼はあなた方の内で、最も自制心の強いお方でした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● サウムする者は、歯磨き粉を使用しても問題はありません。但しそれを飲み込んでしまわないように注意します。また暑さや渇きをしのぐために全身沐浴などをしても構いません。

● 許されるウィサールと禁じられたウィサール:
 
ウィサールとは:飲食などのサウムを無効にする物事を間に挟むことなく、2日間、あるいはそれ以上の期間に渡ってサウムすることです。これはアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の次の言葉によって、禁じられています:「“ウィサールをするのではない。ウィサールをしたい者は、スフール(夜明け前に摂る食事)の時刻まで(サウムを)継続させるがよい。”(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、あなたはウィサールしているではありませんか。”(アッラーの使徒は)言いました:“私はあなた方とは状況が違うのだ。私は食をお恵みになるお方から食を授かり、そして飲み物をお恵みになるお方から飲み物を授かりつつ夜を過ごすのであるから。”」(アル=ブハーリーの伝承 ) 
 
● サウムするものが痰を飲み込むことは許されますが、痰を飲み込むことはサウムしているか否かに関わらず忌避される行いです。というのも痰は汚いものであるからです。
また舌や歯から出血があったら、それらによってサウムを無効にしてしまわないように、飲み込まないようにします。
 
● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のサウムとその解き方:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はラマダーン月以外に、丸々1ヶ月間サウムすることは全くありませんでした。そして(時には)“アッラーにかけて。彼はサウムを解かないぞ”と言われるほどにサウムを続け、また(時には)“アッラーにかけて。彼はサウムをしなくなったぞ”と言われるほどまでサウムを(長期間)しませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-フマイドは、アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)が次にように言うのを聞きました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、(時には)私たちが彼はその月はサウムしないのではないかと思うほどに、サウムせずに過ごしました。そして(また時には、その月は)サウムを解かないのではと思うほどに、サウムを(続けて)行いました。また(時には)夜に彼が礼拝に立つのを見たいと思えば彼がそうするのを目にしないことはなく、また(時には)彼が眠っている姿を見たいと思えば彼がそうするのを目にしないことはありませんでした。」(アル=ブハーリーの伝承 )
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2-朝夕のズィクル(唱念)

2-朝夕のズィクル(唱念)

● ここに示すのは、聖クルアーンと真正な預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の伝承から抜粋した、ムスリムが朝夕に唱えるべきズィクルの数々です。それによってムスリムは自らを守ることが出来るのです。

● ズィクル(唱念)の時間帯:

 朝:ファジュル(暁)の後から日が昇るまで。
 夕:アスル(午後遅い時間)から日没時間まで。しかし忙しかったり、そうすることを忘れてしまったりした者は、それ以外の時間でもそれを補ってやり直すことが出来ます。

 至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに彼ら(不信仰者たち)の言うことに対して耐え忍び、そしてあなたの主の讃美をもって日が昇る前と沈む前にその崇高さを讃えよ。,(クルアーン50:39)

朝夕のズィクル

● ウスマーン・ブン・アッファーン(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“毎朝毎夕、「その御名と共にあれば天地のいかなるものも害することのない、アッラーの御名において。かれは全知全能のお方である」としもべが3回唱えるならば、彼は何の害も受けることがないであろう。”」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 ) 

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、ある男が預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに来て、こう言いました:「“アッラーの使徒よ、昨夜サソリに刺されてしまいました。”(預言者は)言いました:“夜を迎える前にこう言っていれば、それがあなたを害することはなかったであろう:「アッラーの完璧なお言葉をもって、かれの創造された悪からのご加護を求めます。」”」(ムスリムの伝承 )

● ウバイ・ブン・カアブ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼にはナツメヤシの実を貯蔵するつぼがありました。しかしそれが(夜な夜な)減っていくので、ある晩彼はそれを見張りました。するとそこに現れたのは、成熟期に入りかけた少年のような姿をした生き物でした。彼が挨拶すると、その生き物も挨拶を返しました。彼(ウバイ)は言いました:「“お前は誰だ?ジンなのか、人間なのか?”(その生き物は)言いました:“いや、ジンなのだ。”・・・‐中略‐・・・ウバイは言いました:“お前たちから身を守るには、どうしたらよいか?”(そのジンは)言いました:“夜を迎える前に、(クルアーンの)雌牛章の中のこの節: -アッラーは、かれ以外に真に崇拝すべきものがない(ところのお方)。(かれは)永生し、自存されるお方・・・,(クルアーン2:255)を唱える者は、朝が来るまで私たちから守られよう。そしてそれを朝に唱える者は、夜を迎えるまで私たちから守られよう。”そしてウバイは朝になった時、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに赴いてその話をしました。すると(預言者は)言いました:“その邪な者は、真実を語った。”」(アル=ハーキムとアッ=タバラーニーの伝承 ) 

● アブー・マスウード・アル=バドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“夜に雌牛章の最後の2章を読む者は、それだけで十分なのである。 ”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● ムアーズ・ブン・アブドッラー(彼にアッラーのご満悦あれ)が彼の父から伝えるところによれば、彼の父は言いました:「私たちは大雨の闇夜に、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がやって来て礼拝を率いてくれるのを待っていました。・・・すると礼拝を率いるべく、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がやって来ました。そして彼は言いました:“言ってみよ。”私は言いました:“何を言えというのですか?”(預言者は)言いました:“-言え、「かれこそはアッラー、唯一のお方」,とアル=ムアウウィザターン を朝夕に3回ずつ唱えるのだ。それらはあなたを全てのものから守ってくれるであろう。”」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承 )

● アブー・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“朝を迎えたら、こう言うのだ:「私たちは朝を迎えました。そして全ての主権が万有の主アッラーに属しつつ、朝となりました。アッラーよ、私はあなたに今日のよきことと、その勝利と、援助と、光と、祝福と、正しい導きを願います。そしてあなたに今日の悪いことと、その後の悪いことからのご加護を求めます。」そして夜を迎えた時にも、同じように言うのだ。”」(アブー・ダーウードの伝承 ) 

● サウバーン(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“私はアッラーが主であることに満足し、イスラームが宗教であることに満足し、ムハンマドが使徒であることに満足しました。”と朝夕に3回唱えるムスリムのしもべは、審判の日に偉大かつ荘厳なるアッラーによって必ずや満足させられることであろう。」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 )
 
● アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、夜を迎えるとこう言ったものでした:“私たちは夜を迎えました。そして全ての主権がアッラーに属しつつ、夜になりました。アッラーにこそ全ての賞賛はあります。いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他には真に崇拝すべきものはありません。アッラーよ、私はあなたにこの夜のよきものと、そこにおけるよきものを乞います。アッラーよ、私はあなたに怠惰さと老化、そして老衰の悪、現世の試練と墓の中の懲罰からのご加護を乞います。”そして朝を迎える時も、“私たちは朝を迎えました。そして全ての主権がアッラーに属しつつ、朝になりました。アッラーにこそ全ての賞賛はあります。いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他には真に崇拝すべきものはありません。アッラーよ、私はあなたにこの夜のよきものと、そこにおけるよきものを乞います。アッラーよ、私はあなたに怠惰さと老化、そして老衰の悪、現世の試練と墓の中の懲罰からのご加護を乞います。”と同様に言ったものでした。」(ムスリムの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、朝を迎える時にはこう言ったものでした:“アッラーよ、私たちはあなた(の恩恵)により朝を迎えました。そしてあなた(の恩恵)により夜を迎えました。私たちはあなた(のご加護)において生き、そして死にます。そして(死後蘇らされ)集められる先はあなたの御許です。”そして夜を迎える時には、こう言ったものでした:“アッラーよ、私たちはあなた(の恩恵)により夜を迎えました。そしてあなた(の恩恵)により朝を迎えました。私たちはあなた(のご加護)において生き、そして死にます。そして私たちの還り所はあなたの御許なのです。”」(アル=ブハーリーとアブー・ダーウードの伝承 )

● シャッダード・ブン・アウス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「最上のイスティグファール はこう言うことである:“アッラーよ、あなたは私の主であなたの他に真に崇拝すべきものはありません。あなたは私をあなたのしもべとして創造されました。私は出来る範囲であなたとの契約と約束 を守ります。私はあなたに私の成した悪からのご加護を求めます。そして私に対するあなたの恩恵と私自身の罪を認めます。ですから私を御赦し下さい。あなた以外に罪を赦される方はいません。”(そして預言者は)言いました:“そして昼間に確信をもってこの言葉を唱え、夜を迎えることなく死んだ者は、天国の民の一員となろう。また夜に確信をもってこの言葉を唱え、朝を迎えることなく死んだ者は、天国の民の一員となろう。”」(アル=ブハーリーの伝承 )

● アブドッラー・ブン・アムル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アブー・バクル・アッ=スィッディーク(彼にアッラーのご満悦あれ)は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)にこう訊ねました:「“アッラーの使徒よ、朝と夜を迎えた時に唱える言葉を教えて下さい。”(預言者は)言いました:“アブー・バクルよ、こう唱えるのだ:「アッラーよ、天地の創造主よ。不可視なる世界と可視なる世界を知るお方よ。万物の主・支配者よ。私はあなた以外に真に崇拝すべきものはないことを証言します。そして自分自身の悪、シャイターンの悪とそのシルク から、あなたにご加護を求めます。そして自分自身を害すること、或いは誰か他のムスリムを害することからの庇護をあなたに求めます。」”」(アル=ブハーリーとアッ=ティルミズィーの伝承 )

● イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、朝夕にこれらのドゥアー(祈願)を欠かしませんでした:“アッラーよ、私はあなたに現世と来世におけるお赦しと(あらゆる試練からの)ご加護を願います。アッラーよ、私はあなたに私の宗教、現世、家族、財産においてお赦しとご加護を願います。アッラーよ、私の恥部を隠し、私の恐れをお沈め下さい。アッラーよ、私の前、後ろ、左右、上から私をお守り下さい。私はあなたの偉大さにより、足元から突然崩壊させられることからのご加護を求めます。”(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“朝夕を迎える時に、「アッラーの崇高さを、その讃美と共に讃えます」と100回言う者は、審判の日に他のいかなる者よりも素晴らしいものを携えてやって来るであろう。彼と同様に、あるいは彼よりも多くそれを唱えた者は別であるが。”」(ムスリムの伝承 ) 
また別の伝承にはこうあります:「“朝に、「アッラーの崇高さを、その讃美と共に讃えます」と100回言う者は、その罪が赦免されるであろう。例えそれが海の泡の数ほど(数え切れない多さ)だったとしても、である。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● アブドッラー・ブン・アブザー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は朝夕を迎える時にはこう言ったものでした:「私たちはイスラームという天性のもとに、そして純正なる言葉 のもとに、そして私たちの預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の宗教と、純正なムスリムでシルク を犯す者ではなかった私たちの祖イブラーヒームの宗教のもとに朝を迎えました。」(アフマドとアッ=ダーリミーの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「1日100回“いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である”と唱える者は、10人の奴隷を解放したのと同様のもの(報奨)が与えられ、100の善行が記録され、かつ100の悪行が抹消され、そしてその日の夜を迎えるまでシャイターンから守られる。また(審判の日、)彼ほど素晴らしいものを携えてやって来る者はいないのである.但し、彼より多くそれを唱えた者は別だが。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● アブー・アイヤーシュ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「朝を迎える時に“いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である”と唱える者は、イスマーイールの子孫の奴隷を1人解放したのと同様のもの(報奨)が与えられ、100の善行が記録され、かつ100の悪行が抹消される。また彼の位階は10段階上げられ、そしてその日の夜を迎えるまでシャイターンから守られる。そして夜を迎える時にも同様にするのならば、彼は朝を迎えるまで同様のものに与るであろう。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承 )

● アブー・アッ=ダルダーゥ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「朝夕を迎える時に、“私にはアッラーだけで充分です。かれの他に真に崇拝すべきものはありません。私はかれに身を委ねました。かれは偉大なる玉座の主であられます。”と7回言う者は、偉大かつ荘厳なるアッラーによって現世と来世における心配事から守られるであろう。」(イブン・アッ=スンニーの伝承 ) 

● アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、ファーティマに言いました:“私からのあなたへの忠告を聞くのだ。(それは)朝夕を迎える時に、こう言うことである:「永遠に生き、自存するお方よ、私はあなたの慈悲によるお慰めを求めます。私に関する全ての物事を正し、私を一瞬たりとも見放さないで下さい。」”」(アン=ナサーイーとアル=ハーキムの伝承 ) 
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ズィクル(唱念)3-いつでも出来るズィクル(唱念)

ズィクル(唱念)3-いつでも出来るズィクル(唱念)
 

● この章では、どんな折にでも唱えることの出来る、タスビーフ やタハリール 、タハミード やタクビール やイスティグファール などのイスラームの教えに則ったズィクルを集めました。

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「舌には軽いが、(審判の日の善行の)秤には重く、最も慈悲深いお方(アッラーのこと)が愛でられる2つの言葉(とはこれである):“偉大なるアッラーの崇高さよ。讃美と共に、アッラーの崇高さを称えます。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● サムラ・ブン・ジュンドゥブ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アッラーが最も愛でられる言葉は4つである:「スブハーナッラー」と「アル=ハムド・リッラー」と「ラー・イラーハ・イッラッラー」と「アッラーフ・アクバル」 その内のどれから始めても害はない。”」(ムスリムの伝承 ) 

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“「スブハーナッラー」「アル=ハムド・リッラー」「ラー・イラーハ・イッラッラー」「アッラーフ・アクバル」と唱えることは、陽の目を見る全ての物よりも私にとって愛すべきものだ。”」(ムスリムの伝承 ) 

● アブー・マーリク・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“清浄さはイーマーン の半分である 。そして「アル=ハムド・リッラー」は(審判の日の善行の)秤を満たし、「スブハーナッラー」と「アル=ハムド・リッラー」は天地を充溢させる 。そしてサラー(礼拝)は光であり、サダカ(施し)は明証である。また忍耐は輝きであり、クルアーンは(審判の日)あなたにとっての証人、あるいはあなたに対しての証人にもなり得る。全ての者は行いに勤しみ、自らの魂を(アッラーと)取引する。それである者は(アッラーへの服従行為によって)自らの魂を(地獄の懲罰から)救い、またある者は(シャイターンや私欲に従って)自らの魂を滅ぼすのだ。”」(ムスリムの伝承 ) 

● アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(ある時)「最上の言葉は何ですか?」と訊かれて、こう言いました:「アッラーがその天使、あるいはしもべに対して選りすぐられたもの‐讃美と共に、アッラーの崇高さを称えます‐である。」(ムスリムの伝承 ) 

● サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちがアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとにいる時、彼は言いました:“毎日1000の善行を稼げないことがあろうか?”するとそこにいたある者が、こう訊ねました:“どうやって1000もの善行を稼ぐのですか?”(アッラーの使徒は)言いました:“タスビーフ を100回言えば、1000の善行が得られよう。あるいは1000の罪が洗い流されよう。”」(ムスリムの伝承 ) 
   また別の伝承にはこうあります:「1000の善行が得られ、彼から1000の罪が消されよう。」(アフマドとアッ=ティルミズィーの伝承 )

● ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“偉大なるアッラーの崇高さよ、あなたを讃美します”と1回言う者は、天国に彼のためのナツメヤシの木を1本植えられるであろう。」(アッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● ジュワイリーヤ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(とある)朝方ファジュル(夜明け前の礼拝)のために彼女の部屋を後にしましたが、その時彼女は礼拝の場にありました。そして日もすっかり昇った頃に彼が戻って来ると、彼女はまだ(同じ場所に)座ったままでした。彼は言いました:「“私が出て行った時と同じ状態のままだな。”彼女は言いました:“はい。”(預言者は)言いました:“私はあなたのもとを立ち去った後に、もし今日あなたが唱え続けていたものとそれを秤にかければ同等であるところの、4つの言葉を3回言ったのだ:「創造物の数だけ、(アッラー)御自身の御満悦を得るまで、玉座の装飾の重さだけ、そしてその御言葉の数だけ 、私はアッラーの崇高さを讃美し、かれを賞賛します。」”」(ムスリムの伝承 )

● アブー・アイユーブ・アル=アンサーリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である”と10回言った者は、4人のイスマーイールの子ら を解放したようなものだ。」(ムスリムの伝承 ) 

● サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「あるベドウィンの男が、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとを訪れてこう言いました:“私が唱えるべき言葉を教えて下さい。”(預言者は)言いました:“「かれに並ぶ者無き唯一のお方アッラー以外に真に崇拝すべきものは無い。アッラーは本当に偉大である。アッラーに限りない感謝をします。いかなる欠陥や不完全性からも無縁の万有の主アッラーの崇高さよ。そして偉大かつ公正なアッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もなし。」と言うのだ。”すると男は言いました:“それは私の主のためのものですが、私自身のためにはどう唱えるべきでしょう?”(預言者は)言いました:“「アッラーよ、私をお赦しになり、私にご慈悲をかけ、私を正しく導き、私に糧をお恵み下さい。」と唱えるのだ。”」(ムスリムの伝承 )

● アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“私はあなたと、あなたの天使たちと、あなたの玉座を運ぶ天使たちと、天地にある全ての存在の証言をもって、こう証言します:“あなたこそはアッラー、あなたの他に真に崇拝すべきいかなるものもないお方。あなたは唯一であり、あなたにはいかなる共有者もありません。そしてムハンマドはあなたのしもべであり、使徒です”と1回唱えた者は、アッラーによって地獄の業火から3分の1救われたに等しい。そしてそれを2回唱えた者は、アッラーによって地獄の業火から3分の2救われたに等しい。そしてそれを3回唱えた者は、アッラーによって地獄の業火から完全に救われたに等しい。」(アル=ハーキムの伝承 )
 
● アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「毎朝あなた方の身体の各関節には、サダカ(あらゆる形での慈善行為)が課せられる。全てのタスビーフ は1つのサダカであり、全てのタハミード は1つのサダカであり、全てのタハリール は1つのサダカであり、全てのタクビール も1つのサダカである。また善行を勧めることも1つのサダカであれば、悪行を禁じることも1つのサダカである。そしてドゥハー(午前)に礼拝する2ラクアは、それら全てに相当するのだ。」(ムスリムの伝承 )

● アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“私はアッラーが主であることに、そしてイスラームが宗教であることに、そしてムハンマドが使徒であることに満足しました”と言った者には、天国が義務付けられるであろう。」(ムスリムとアブー・ダーウードの伝承 )

● アブー・ムーサー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は彼にこう言いました:「“アブドッラー・ブン・カイスよ、天国の財宝の1つ(のありか)を教えてやろうか?” 私は言いました:“ぜひとも、アッラーの使徒よ。”(預言者は)言いました:“アッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もなし。”と唱えるのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“アッラーにかけて。私は毎日70回以上アッラーに罪の赦しを乞い、かれに悔悟する。”」(アル=ブハーリーの伝承 )

● アル=アガッル・アル=ムザニー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「実に私の心は怠慢に襲われる 。そして私は1日100回アッラーに赦しを求めるのだ。」(ムスリムの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「私のために1度祝福を祈る者は、アッラーによって10のご慈悲を与えられよう。 」(ムスリムの伝承 ) 

● イブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:「“かれの他に真に崇拝すべきいかなるものもない。永生され自存されるお方にお赦しを乞い、悔悟します”と3回言う者は、その罪を赦されるであろう。例え彼が敵軍に背を向けて逃亡した者であったとしても、である。」(アル=ハーキムの伝承 )
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ズィクル(唱念)4-特別なズィクル(唱念)




ズィクル(唱念)4-特別なズィクル(唱念)


4-特別なズィクル(唱念)

● 次に挙げるものは、特別な出来事‐つまり日常的な状況、困難な状況、特別な状況‐において唱えられるズィクルです。

①日常的状況におけるズィクル

● 食事や着衣の際に唱えること:

 ムアーズ・ブン・アナス(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「食事を終えた後、“私の力が少しも介在しないところにおいて、この食事を私にお恵みになられたアッラーにこそ全ての賞賛あれ。”と言った者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。また着衣した後、“私の力が少しも介在しないところにおいて、この衣服を私にお恵みになられたアッラーにこそ全ての賞賛あれ。”と言った者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 )

● 新調の衣服を着用した際に言うことと、言われること:

1-アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は長衣であろうとターバンであろうと、新しい衣類を着用する時にはアッラーの御名を唱えました。そしてこう言いました:“アッラーよ、全ての讃美はあなたにこそあれ。あなたこそが私にこれを着せて下さいました。これにある良きものと、これによって得られる良きものを与えて下さいますように。そしてあなたにそこにある悪しきものと、それによって得られる悪しきものからのご加護を求めます 。”」アブー・バスラはこう言っています:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の教友たちは誰かが新しい衣服を着用した時には、彼にこう言ったものでした:“(その服が)着古され、その後更にアッラーが新しい物を与えて下さいますよう。 ”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 )

2-ウンム・ハーリド・ビント・ハーリド(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに、黒い模様付きの絹織りの服を含む何枚かの衣類がもって来られました。(アッラーの使徒は人々に)言いました:“この絹織りの模様付きの服を、誰に着せたらよいと思うか?”すると人々は黙り込んでしまいました。(アッラーの使徒は)言いました:“ウンム・ハーリドを連れて来なさい。”そして私は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに連れて来られ、彼の手でもってそれを着せられました 。そして彼は私に2回、こう言いました:“(その服が)ぼろになり、着古されるまであなたが長生きしますよう。”そして彼はその絹織りの服の模様を眺め、私に向かってそれを指差してこう言いました:“ウンム・ハーリド、これは綺麗だな。”」(アル=ブハーリーの伝承 )

● 家に入る時に唱えること:

ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:“人が自分の家に入る折や食事の際にアッラーの御名を唱えれば、シャイターンは(その仲間たちに向かって)こう言う:「ここにはあなた方の寝泊り出来る場所もなければ、夕食もない。」そしてもし家に入った時にアッラーの御名を唱えなければ、シャイターンは(その仲間たちに向かって)こう言う:「ねぐらにありついたぞ。」そして食事の際にアッラーの御名を唱えなければ、シャイターンは(その仲間たちに向かって)こう言う:「ねぐらと食事にありついたぞ。」”」(ムスリムの伝承 ) 

● 家を出る時に唱えること:

1-ウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は家を出る時にはこう言ったものでした:「アッラーよ、私は自分が迷い迷わされることから、また過ちを犯し犯されることから、また不正を働き働かれることから、また無知に陥り無知に陥らされることから、あなたにご加護を求めます。」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承 ) 

2-アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「家から出る時に、“アッラーの御名において、私はアッラーにこの身を委ねます。そしてアッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もなし。”と言えば、その時その者は(天使から)こう言われる:“あなたは正しく導かれました。そして心配することもなく、ご加護を受けました。”そしてシャイターンたちは彼から遠ざかり、互いにこう言う:“正しく導かれ、心配する必要もなく、ご加護を受けた者をどうやって迷わせられるというのか?”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● トイレに入る時に唱えること:

 アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はトイレに入る時には、こう言ったものでした:“アッラーよ、私はあなたに男女のシャイターンからのご加護を乞います。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● トイレから出る時に唱えること:

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は用便を済ませて出てくると、こう言ったものでした:「あなたにお赦しを求めます。 」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● モスクに赴く時に唱えること:

イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)はある晩、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共に彼の叔母のマイムーナ(彼女にアッラーのご満悦あれ)の所で過ごしました・・・‐中略‐・・・するとムアッズィンがアザーン をしました。そしてアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、こう言いながらモスクへ向かって家を出ました:「アッラーよ、私の心に光を、私の舌に光を、私の聴覚に光を、私の視覚に光を、私の後ろから光を、私の前から光を、私の上から光を、私の下から光をお与え下さい。アッラーよ、私に光をお与え下さい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● モスクに出入りする時に唱えること:

1-アブドッラー・ブン・アムル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はモスクに入る時にはこう言ったものでした:「私は偉大なるアッラーに、その尊い御顔に、そして原初よりのかれの権威において、呪われたシャイターンからのご加護を与えて下さるよう求めます。」(アブー・ダーウードの伝承 ) 

 2-「アッラーの御名において、そしてアッラーの使徒に祝福と平安あれ。アッラーよ、あなたのご慈悲の扉を私にお開き下さい。」
 そしてモスクを出る時には、こう言いました:「アッラーの御名において、アッラーの使徒に祝福と平安がありますように。アッラーよ、私にあなたの恩恵をお恵み下さい。」イブン・マージャはこの伝承を次の言葉と共に伝えています:「アッラーよ、私を呪われし悪魔からお守り下さい。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャとイブン・アッ=スンニーの伝承 ) 

● 新月を見た時に唱えること:

タルハ・ブン・ウバイドッラー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は新月を見た時には、こう言ったものでした:「アッラーよ、祝福とその継続と共に、そして平安とその継続と共に新月をお見せ下さい。私とあなたの主は、アッラーです。」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承 )

● アザーン(礼拝への呼びかけ)を聞いた時に唱えること:

1-アブドッラー・ブン・アムル・ブン・アル=アース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が次のように言うのを聞きました:「アザーンを聞いたら、彼が言うように(後について)言うのだ。それから私に対しての祝福を祈願する言葉を上げよ。私に1回祝福を祈願する者には、アッラーが彼のためにその10倍のご慈悲をかけて下さる。それから私のために、アッラーにアル=ワスィーラ(かれの御許での高い位階)を乞うのだ。それは天国において、アッラーのしもべの中のしもべにしか許されない位階であり、私がそれ(を与えられる者)であることを望む。私にアル=ワスィーラを乞う者には、とりなしが与えられるであろう。」(ムスリムの伝承 )

2-ジャービル・ブン・アブドッラー(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アザーンを聞いた際に、“アッラーよ、この完全なる呼びかけと常なるサラー(礼拝)の主よ。ムハンマドに天国での位階と栄誉を与え、彼をあなたが約束されたところの賞賛に溢れた場所へと復活させて下さい”と言った者には、審判の日私のとりなしがあるであろう。」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

3-サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アザーンをする者(の声)を聞いて、“私は、並ぶ者無き唯一のアッラー以外に真に崇拝すべきものは無く、ムハンマドは彼のしもべであり使徒であると証言します。私はアッラーが私たちの主であり、イスラームが私たちの宗教であり、そしてムハンマドが私たちの使徒であることに満足しました”と言う者は、その罪を赦されよう。」(ムスリムの伝承 ) 


②困難の際のズィクル


● 辛く悲しい時に唱えること:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は辛い時にはこう言ったものでした:「偉大かつ寛大なアッラー以外に真に崇拝すべきものはなく、偉大なる玉座の主であるアッラー以外に真に崇拝すべきものはなく、天地の主・貴い玉座の主アッラーの他に真に崇拝すべきものはありません。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

2-そしてムスリムの伝える伝承にはこうあります:預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は何らかの災厄を被った時には、こう言ったものでした・・・以下上記の伝承と同文。(ムスリムの伝承 ) 
 
3-サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ズー・アン=ヌーン(ユーヌス、つまりヨナのこと)が大魚の腹の中で唱えた祈願の言葉:「あなたの他に真に崇拝すべきいかなるものもありません。崇高なるお方よ。私は実に不正者の仲間でした」とムスリムが呼びかければ、アッラーが彼に応じられないことはないであろう。”」(アッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● 恐怖心を抱いた時に唱えること:

サウバーン(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は恐怖を覚えた時に、こう言ったものでした:「かれこそが主。私はかれにいかなるものも並べたりはしない。」(アン=ナサーイーの伝承 ) 

● 心配や悲しみに襲われた時の唱えること:

アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“心配や悲しみにとらわれてもこのように唱えれば、アッラーはその心配と悲しみを消し去られ、その代わりに喜びをもたらして下さるであろう:「アッラーよ、私はあなたのしもべです。あなたの男のしもべの息子で、あなたの女のしもべの息子です。私の前髪はあなたの御手に委ねられています 。あなたの私に対する裁定は既に成され、私に関するあなたの判決は公正です。私はあなたが自らそう名付けられた、あるいはあなたの啓典の中で下された、あるいはあなたがあなたの創造物に教えられた、あるいはあなたが不可視なる知識においてそれを占有されている全ての御名において、クルアーンを私の心の春とし、私の胸中の光とし、私の悲しみや不安を取り除くものとして下さい。」”すると(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、私たちはその言葉を学ぶべきではないですか?”(アッラーの使徒は)言いました:“もちろん、それを聞いた者は学ぶべきである。”」(アフマドの伝承 ) 

● 人々を恐れる時に唱えること:

1-アブー・ムーサー・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は人々に対して恐怖感を抱いた時、こう言いました:「アッラーよ、彼らの首根っこをおつかみ下さい。そして私たちはあなたに、彼らの諸悪からのご加護を求めます。」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 ) 

2-「アッラーよ、あなたが望まれる方法で私を彼らからお護り下さい。」(ムスリムの伝承 ) 

● 敵と対面した時に唱えること:

1-アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は戦いの際、こう言ったものです:“アッラーよ、あなたは私の力で、あなたは私の援助者です。あなたによって(敵の策略を)壊滅させ、あなたによって遠征し、あなたによって戦います。”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

 2-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、イブラーヒーム(アブラハム)は火の中に投げ込まれた時に「私たちにはアッラーさえいらっしゃれば十分です。そしてアッラーこそ最高の庇護者です」と言いましたが、ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、人々が: -人々から「あなた方(との戦い)のために敵が集結している。彼らを恐れるのだ。」と言われても、むしろ(動ぜずに)イーマーン が増大し、「アッラーさえいらっしゃればそれで十分なのだ。全てを請け負われるお方の何と素晴らしいことか。」と言う者たち。,(クルアーン3:173)と言った時に、この言葉を唱えました。(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● 敵に対する勝利を願う時に唱えること:

 アブドッラー・ブン・ウバイ・アウファー(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は塹壕の役 で、(マッカ軍の)シルク の民に対して、アッラーにこう祈りました:“アッラーよ、啓典を下されたお方よ、清算を敏速になされるお方よ、敵軍を敗走させて下さい。アッラーよ、彼らを揺るがせ敗走させて下さい。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● どうしようもないような状況に陥った時に唱えること:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“強い信仰者はアッラーにとって弱い信仰者よりも優れており、寵愛に値する存在である。そしてそのいずれもよき者なのだ。あなたを益する事において努力し、アッラーにご援助を乞え。そして自分が無力であると思うのではない。何か望ましくない事が起こっても、「もしこうしていたら、このようになっていたのに」などと言ってはならない。しかしこう言うようにせよ:「(これは)アッラーがお定めになられたこと。かれはかれのお望みのことをされたのだ」というのも、「もし」というのはシャイターンの行いの入り口だからである。”」(ムスリムの伝承 ) 

● 罪を犯した者が言い、またすべきこと:

アブー・バクル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“何らかの罪を犯してしまったしもべで、よく身を清め、それから立って2ラクアの礼拝をし、かつアッラーからのお赦しを乞う者は、アッラーによってその罪を赦されないことがないであろう。”それから(アッラーの使徒は)この節を読みました:-そして大罪、あるいは小さな罪を犯した後で、アッラーのことをズィクルする者たち・・・,」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● 返済不可能なほどの債務を抱えてしまった者が唱えること:

1-アリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼のもとに1人のムカーティブ がやって来て、こう言いました:「“私は自らの債務を返済することが出来ません。どうか助けて下さい。”(アリーは)言いました:“アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が私に教えてくれた言葉を、お前に教えてやろうか?”それを唱えれば、例えお前にサビール山ほどの借金があっても、アッラーがお前の債務をご遂行して下さるだろう。(そしてアリーは)言いました:“アッラーよ、私をハラームのものではなくあなたのハラールのもの で充分として下さい。そしてあなたの恩恵によって、私をあなただけで足る者として下さい。”」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承 ) 

 2-アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“アッラーよ、私はあなたに心配と悲しみ、無力さと怠慢、臆病と吝嗇、そして債務の重荷と人々の圧制からのご加護を願います。”」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● 大小の災厄に見舞われた者が唱えること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして忍耐する者たちに良き知らせを伝えよ。(彼らは)災難が降りかかった時に「私たちは実にアッラーにこそ属し、そして彼の御許へと還り行く境遇にあります。」と言う者たち。彼らには主からの祝福とご慈悲があり、そして彼らこそは正しく導かれた者なのである。,(クルアーン2:155-157)

 2-ウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“本当に私たちはアッラーにこそ属します。そして本当に私たちはアッラーの御許へ帰って行きます。アッラーよ、私が受けた災難において(辛抱することで)私に報奨を与え、この災難の後にそれより素晴らしいものを私にお授け下さい。”」(ムスリムの伝承 ) 

● シャイターンとその囁きを駆逐するために唱えること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてもしシャイターンからの悪の囁きによってそそのかされた時には、アッラーにご加護を乞うのだ。実にかれこそは全てをお聞きになり、ご存知になられるお方である。,(クルアーン41:36)

 2-アザーン(礼拝への呼びかけ)とズィクルの遵守、クルアーンの読誦、アーヤト・アル=クルシー(クルアーン2:255)の読誦などを行うこと。その詳細については後に触れることにします。

● 怒りの際に唱えること:

 スライマーン・ブン・サアド(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちは預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとに座っていましたが、そこで2人の男が互いに罵り合い始めました。そしてその片方は激昂してもう1人を罵り、顔を真っ赤にしていました。それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“私は彼がそれを唱えれば、彼の抱いているものが消え失せてしまうところの言葉を知っている。もし彼がこう言えば:「アッラーに、呪われたシャイターンからのご加護を願います・・・」”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 


③特別な状況におけるズィクル


● 雄鶏の鳴き声やロバのいななき、犬の吠え声を聞いた時に唱えること:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「雄鶏の鳴き声を聞いたら、アッラーからのお恵みを乞うのだ。というのもそれは天使を見たのであるから。そしてロバのいななきを聞いたのなら、アッラーにシャイターンに対するご加護を乞うのだ。というのもそれは、シャイターンを見たのであるから。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-ジャービル・ブン・アブドッラー(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“夜に犬の吠え声とロバのいななきを聞いたのなら、アッラーにご加護を乞うのだ。というのもそれらは、あなた方には見えないものを見たのであるから 。”」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 ) 

● 集まりの場から立ち上がる時に唱えること:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“無益でかしましい集まりの場から立つ前に、「崇高なるアッラーよ、あなたを讃美します。私はあなた以外に真に崇拝すべきいかなるものもないことを証言し、あなたにお赦しを乞い、そして悔悟します」と言った者は、その集まりの場であったことに関して赦されるであろう。”」(アフマドとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● 病気その他の厳しい状況にある者を見た時に言うこと:

イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“厳しい状況にある者を見た時、「あなたに降りかかった災難から私を守って下さった、そして私をかれが創造された多くのものより尊んで下さったアッラーに称えあれ。」と言う者は、(その者に降りかかった)その試練に遭遇しないであろう。”」(アッ=タバラーニーの伝承 ) 

● ムスリムに不正を働く者に対してのドゥアー(祈願):

1-アリー・ブン・アビー・ターリブ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「塹壕の役 の日、私たちは預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共にありました。(預言者は)言いました:“彼らの墓と家を、アッラーが炎で溢れ返して下さいますよう。私たちは彼らのせいで、日が沈むまでアスル(午後遅くの礼拝)をすることが出来ませんでした。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

2-「アッラーよ、ムダル部族に対するあなたの懲罰を痛ましいものにして下さい。アッラーよ、彼らにユースフ(ヨセフ)のそれのような年月 をお与え下さい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 助言を省みずイスラーム法に背いた者に対して言われること:

 サラマ・ブン・アル=アクワァ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとである男が左手で食事していました。それで(アッラーの使徒は)言いました:「“右手で食べよ。”(男は)言いました:“出来ません。”(アッラーの使徒は)言いました:“ああ、あなたはそう出来ない。”男は驕慢さゆえにそれ(右手で食べること)を拒んだのでした。そして男の(右)手は(しびれて)口元まで上がらなくなってしまいました。」(ムスリムの伝承 ) 

● 悪を撲滅しようとする時に唱えること:

 アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がマッカ入城された時、カアバ神殿の周りには360の偶像がありました。彼は棒を手にそれらをつき壊し始め、こう言いました:-真理は到来し、虚妄は去った。,」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 善行を施してくれた者に言うこと:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は伝えています:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がトイレに入ったので、私は彼にウドゥー のための水を置いておきました。すると(預言者はトイレを出た後に)言いました:“これを置いたのは誰だ?”すると彼は誰かからそのことを聞き、こう言いました:“アッラーよ、彼(イブン・アッバース)に宗教に関する理解力を与えたまえ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

 2-ウサーマ・ブン・ザイド(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“善行を施され、それをしてくれた人に対して:「アッラーがあなたに最高の報奨をお与え下さいますよう」と言う者は、(アッラーに対する)讃美を示した者である。”」(アッ=ティルミズィーの伝承 )

● 果実の実りを見た時に唱えること:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「人々は果実がなると、それをまず預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに持って行ったものでした。そしてアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はそれを手にすると、こう言いました:“アッラーよ、私たちの果実において私たちを祝福して下さい。私たちの町において私たちを祝福して下さい。私たちのサーア において私たちを祝福して下さい。私たちのムッド において私たちを祝福して下さい・・・”そしてそれから彼の最年少の子供を呼び、それを与えたものでした。」(ムスリムの伝承 ) 

● 喜ばしい出来事にあった者がすること:

 アブー・バクラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は喜ばしいこと、あるいは嬉しいことがあると、至高のアッラーへの感謝のためにサジダ(伏礼)したものでした。(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 )

● 驚きや喜びの際に言うこと:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼はマディーナのある道で預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に会いましたが、彼(アブー・フライラ)はその時不浄な状態 にありました。それで彼はこっそり抜け出し、グスル しに行きました。それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が彼のことを探しましたが、彼が(預言者のもとに)戻って来ると、こう言いました:「“アブー・フライラよ、どこに行っていたのか?”(アブー・フライラは)言いました:“アッラーの使徒よ、私は自分が不浄な状態にある時にあなたに遭ってしまいました.私はグスルをするまで、あなたと共にいたくはなかったのです。”それで(アッラーの使徒は)言いました:“崇高なるアッラーに称えあれ。信仰者は穢れたりはしないのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)が伝えるところによると‐中略‐「ウマルは言いました:“アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)よ、あなたはあなたの妻たちを離婚したのですか?”すると彼は私の方を見て、言いました:“いや。”私は言いました:“アッラーは偉大なり・・・”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 雲や雨を見た時に唱えること:

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は地平線の向こうから雲がやって来るのを見ると、例え礼拝中であったとしてもそれを中断してそちらへ向かい、こう言いました:「“アッラーよ、あなたが送られたものの悪から、あなたのご加護を乞います。”そしてもし雨が降れば2回、あるいは3回こう言いました:“アッラーよ、豊かで有益な雨を(お恵み下さい)。”そして偉大かつ荘厳なるアッラーがそれを止められ、雨が上がると、そのことゆえにアッラーを讃えました。」(アル=ブハーリーとイブン・マージャの伝承 )

● 風が強くなった時に唱えること:

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は風が荒れだした時には、こう言いました:“アッラーよ、私たちはあなたにその(つまり風の)良き事と、その中にある良きものと、そのために送られたところの良き事を願います。そしてその悪と、その中にある悪と、そのために送られたところの悪からのご加護を求めます。”」(ムスリムの伝承 ) 

● 使用人へのドゥアー(祈願):

アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私の母は言いました:“アッラーの使徒よ、あなたの小間使い(アナスのこと)のためにアッラーにドゥアーしてやって下さい。”(アッラーの使徒は)言いました:“アッラーよ、彼の財と子孫を増やし、あなたが彼に授けたものにおいて彼を祝福して下さい。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 誰か他のムスリムを褒めたい時に言うこと:

アブー・バクラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、‐中略‐アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「あなた方が人をどうしても褒めなければならない時は、こう言うのだ:“アッラーこそ真の裁定をされるお方であり、アッラーに対して誰のことを称えるつもりもありませんが、私は某を云々のようであると思います。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 誰かに褒められた時に言うこと:

ウダイ・ブン・アラトゥアは言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の教友たちは誰かに褒められた時には、こう言いました:“アッラーよ、彼らが言うことに関して私を咎めないで下さい。そして彼らが知らないことに関して私を御赦し下さい。そして私を、彼らが思っている以上に良い者として下さい。”」(アル=ブハーリーの伝承 )
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