Senin, 03 Februari 2025

6-諸預言者と使徒の布教原理

6-諸預言者と使徒の布教原理


● 諸預言者の布教における段階:

 アッラーは3つのものをもって諸預言者と使徒を遣わされました:

 それらはつまり:①アッラーへのいざないと、②アッラーへと至る道の教示、そして③アッラーの御許に還った後の人々の状態の説明です。

 ①はタウヒードとイーマーン の説明で、②は法規定の説明、そして③は来世とそこにおける報奨と懲罰、天国と地獄に関する説明です。

 ゆえにアッラーへのいざないとはまず人々にアッラー自身とその美名と属性、その行為とその偉大さと威力の説明をし、そしてかれこそが世界の唯一の創造主・王・管理者であり、全ての被造物には何の権威も属しないこと、また崇高なるアッラーのみが崇拝に値するということを教示することから始まります。これが布教における第1段階であり、最善かつ最高のものです。

 その次に来るのは、天国の様子や地獄の恐怖などの審判の日の出来事の描写による希望と恐怖の喚起や、訓戒による最後の日の説明によるアッラーへのいざないです。

 そしてそれから合法的な物事や非合法な物事、義務と権利の説明などによって宗教規定とその法についての知識へといざないます。

 実際のところマッカでの布教初期においては主にアッラーと来世へのいざないと、過去の預言者たちとその民の物語の説明に強調が置かれていました。そして一方マディーナ時代においてアッラーは諸々の法規定によって宗教を完成され、アッラーと来世を信じる者たちはそれを受け入れ、また不信仰者と偽信者らはそれを拒んだのです。

● 偉大かつ荘厳なるアッラーはその使徒ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に対し、一般的な形において彼以前の使徒・預言者たちの正しい導きを、そして特にイブラーヒーム(アブラハム)の宗教を踏襲することを命じられました。イブラーヒームは宗教のために生命や財産や土地、そして妻子に至るまで全てを犠牲にした偉大な使徒です。そしてまたアッラーは私たちにムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)への服従と、あらゆる状況における彼の手法の踏襲‐それが彼のみに特別に限定された事柄においてではない限り‐を命じられたのです。

 1-アッラーはクルアーンの中で、数多くの預言者(彼らにアッラーのご満悦あれ)について言及されています。至高のアッラーは仰られました:-彼らこそはアッラーが導き給いし者たち。ゆえに彼らの後に続くのだ。,(クルアーン6:90)

 2-至高のアッラーは仰られました:-それからわれら(アッラーのこと)はあなたに啓示を下し、「純正なるイブラーヒーム(アブラハム)の宗教を踏襲せよ。彼はシルク の徒ではなかったのだ」と言った。,(クルアーン16:123)

 3-至高のアッラーは仰られました:-アッラー(との謁見)と来世を望み、アッラーをよく念唱する者にとって、アッラーの使徒は実に良い模範である。,(クルアーン33:21)

● アッラーへのいざないにおける預言者たちの人生:

 諸預言者の行ったことやその高徳などは、預言者たちの伝承から垣間見ることが出来ます。彼らはアッラーへのいざないのために長い行程を旅し、アッラーの道においてなりふり構わず奮闘しました。またアッラーの御言葉の興隆のためにその生命と財産をかけ、アッラーの宗教の勝利のために額に汗をかき、足を擦り切らせつつ努力したのです。彼らは試練に遭い、嫌がらせを受け、移住し、家を追い出されました。そして戦い、殺され、脅かされ、放逐され、また罵られ、辱めを受け、でっち上げられ、殴られましたが、アッラーの勝利が到来するまで慈悲の念を抱きつつ辛抱したのです。

 至高のアッラーはこう仰られました:-あなた以前の使徒たちも嘘つき呼ばわりされたが、彼らはわれら(アッラーのこと)の勝利が訪れるまで嘘つき呼ばわりされ、迫害されることに耐えたのだ。アッラーの御言葉に変更はない。実にあなたのもとには、諸使徒の知らせの一部が確かに届いたのである。,(クルアーン6:34)

● 布教後の人々の状態:

使徒や預言者たちによる布教後、ある者たちは信仰し、またある者たちは信仰しませんでした。

それで偉大かつ荘厳なるアッラーは信仰に入った者たちを試練にかけられ、順境と逆境において試されました。また彼らは周りの人々から敵対され、迫害されました。しかしそれは正直者と虚言者、そして信仰者と偽信者が明白にされるためであったのです。

そして使徒や預言者たちを信じなかった者たちは、この上なく痛ましく長い懲罰に処されました。ゆえに信仰しようとしまいと、全人は痛みを味わうということになります。ただ信仰者は現世においてまず痛みを経験し、その後現世と来世において賞賛される位階に到達するのです。その一方、不信仰者は当初偽りの恩恵に浸っていますが、後には永遠の苦痛へと辿り着く羽目になります。

1-至高のアッラーはこう仰られました:-人々は“私たちは信仰しました”とさえ言えば、試練にもかけられずに放っておかれるとでも思ったのか?実にわれら(アッラーのこと)は彼ら以前の者たちを試練にかけたのだ。そしてアッラーは(“私たちは信仰した”という言葉において)正直な者たちと嘘つきとをご存知になられたのだ。,(クルアーン29:2‐3)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-国々を跋扈する不信仰者らに惑わされてはいけない。(彼らの獲得している)持ち物は僅かだが、その後の行き先は地獄の業火なのだ。それは何とひどい臥所であろうか?,(クルアーン3:196-197)

3-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに彼ら(偽信者たち)の財や子孫(の多さ)に惑わされるのではない。実にアッラーは現世ではそれらをもって彼らを罰せられ、彼らが不信仰者として滅びることをお望みなのだから。,(クルアーン9:55)

● 使徒と預言者、そしてその追随者たちの行動:

 使徒と預言者たち(彼らにアッラーからの祝福と平安あれ)は地上を往来し、人々にタウヒードとイーマーン、そして善行を勧め、彼らをそれらへいざないました。彼らの最も愛するものはイーマーンと善行であり、主との謁見とかれのお悦び、天国の享楽とその住まいが希求の的でした。彼らは努力奮迅し、メッセージを伝え、忍耐しました。こうしてアッラーは彼らをお悦びになり、彼らもまたアッラーに満足したのです。
 これが彼らに対するアッラーの教育の具体像であり、偉大かつ荘厳なるアッラーへと人々をいざなう者たちが踏襲するべき生き方です。

● タウヒードとイーマーン、そしてアッラーのみを崇拝することへのいざない:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-あなた以前にわれら(アッラーのこと)が遣わした使徒の内で、「われ(アッラーのこと)の他に神はない。だからわれを崇拝するのだ。」という啓示を与えなかった者はいなかったのである。,(クルアーン21:25)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-言え、「かれこそは唯一なるアッラー。アッラーこそは全てのものが依拠するところの主。かれは生むことも生まれることもなく、そしてかれに匹敵する何ものもない。」,(クルアーン112:1-4)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-本当にわれら(アッラーのこと)は、各々の民に使徒を遣わして、「アッラーを崇拝し、ターグート を避けなさい。」と命じた。,(クルアーン16:36)

● 人々にアッラーの宗教を伝え、彼らに助言すること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-アッラーのメッセージを伝達し、かれを畏れ、そしてかれ以外のいかなるものも恐れない者たち。アッラーこそ全てを計算するに十全なお方である。,(クルアーン33:39)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-「私は私の主のメッセージをあなた方に伝え、あなた方に忠言している。そしてアッラーによって、あなた方が知らないことを知らされているのだ。」,(クルアーン7:62)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-使徒よ、あなたの主からあなたに下されたものを伝えるのだ。もしそうしなければ、あなたはかれのメッセージを伝えなかったことになる。アッラーがあなたを人々から守って下さるであろう。,(クルアーン5:67)

● 人々をその家や市街地や村や町などあらゆる場所において訪問し、いざなうこと:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-あなたとあなたの兄は、われ(アッラーのこと)のみしるしを携えて行くのだ。そしてわれを想起することを怠ってはならない。ファラオのもとへ赴くのだ。実に彼は(アッラーと人々の権利において)度を越している。そして彼(ファラオ)に穏やかな言葉で話しかけよ。そうすれば彼は忠告を聴き入れ、畏怖の念を抱くかもしれない。,(クルアーン20:42-44)

 2-またアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は人々を訪問し、彼らの家に赴いて彼らをアッラーへといざなったり、様々な部族に自分を紹介したものでした。そしてこう言ったのです:「人々よ、“ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に真に崇拝すべきものはなし)”と言うのだ。そうすればあなた方は成功しよう。」(アフマドの伝承 )

 3-ウサーマ・ブン・ザイド(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、サアド・ブン・ウバーダ(彼にアッラーのご満悦あれ)のもとへと向かいました・・・‐中略‐すると、ムスリムと偶像崇拝者であるシルクの民とユダヤ教徒からなる集団が集まっている場所を通りかかりました。・・・預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は彼らに挨拶すると、立ち止まって(乗っていた動物から)降りました。そして彼らをアッラーへといざない、彼らにクルアーンを読んだのです。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● あらゆる状況においてアッラーを讃美・想念し、罪の赦しを乞うこと:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-「私が年老いた後に、私にイスマーイール(イシュマエル)とイスハーク(イサク)をお授けになったアッラーに、讃えあれ。私の主は、本当に祈りを聞き入れられるお方である。」,(クルアーン14:39)

 2-アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はいかなる状況においてもアッラーを念じていたものでした。(ムスリムの伝承 )

 3-アガッル・アル=ムズニー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「実に私の心は怠慢に襲われる 。そして私は一日100回アッラーにお赦しを乞うのだ。」(ムスリムの伝承 ) 
 
● 不信仰者の権力者らに対し、彼らをアッラーへといざなう書簡を送ったこと:

 アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は当時のペルシャの王ホスローやローマ帝国皇帝、エチオピアの王アン=ナジャーシーなどの権力者たちに、至高のアッラーへといざなう書簡を送ったものでした。(ムスリムの伝承 ) 

● 人々をアッラーと、かれへと通じる道へといざない、また最後の日に待ち受けていることについて警告すること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-言え、「これこそは私と私に追従する者たちが、慧眼をもってアッラーへといざなうところの道である。崇高なるアッラーよ。私はシルクの徒ではないのだ。」,(クルアーン12:108)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-英知とよき訓戒をもって、あなたの主の道へといざなえ。そしてよき手法を用いて彼らと議論するのだ。,(クルアーン16:125)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:そしてまたわれら(アッラーのこと)はあなたに、アラビア語のクルアーンを下した。それはあなたが町々の大本(マッカのこと) と、その周辺の者たちに警告し、また疑念の余地のない集結の日(審判の日)について警告するがためである。(その日)ある集団は天国に入り、またある集団は地獄へと入る。,(クルアーン42:7)

● 人々をその言語でもっていざなうこと:

 至高のアッラーはこう仰られました:-そしてわれら(アッラーのこと)は(あらゆる)使徒を、その民の言語をもって遣わした。それは彼が、彼らに(アッラーからのメッセージを)説明するためである。アッラーはお望みになる者を迷わせられ、またお望みになる者を導かれる。かれはこの上なく偉大で、英知あふれるお方。,(クルアーン14:4)

● イバーダ(崇拝行為)とアッラーへのいざないの間のバランス:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-衣にくるまれた者よ。夜は僅かな時間を除いて、(礼拝のために)明かすのだ。夜の半分、あるいはそれよりいくらか少ない位時間を(礼拝に費やせ)。あるいはそれよりいくらか多い時間を。そしてクルアーンをゆっくりと詠唱するのだ。,(クルアーン73:1-4)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-覆われた者よ。立ち上がり、警告するのだ。そしてあなたの主の偉大さを讃えよ。あなたのまとっているもの を清めるのだ。そして偶像を避けよ。,(クルアーン74:1-5)

● 使徒たち(彼らに祝福と平安あれ)と彼らの社会についての想起:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてわれら(アッラーのこと)はあなたに、使徒たちの説話から(あなたが必要とする)全てのことを語り聞かせよう。それはあなたの心を堅固にする。そしてその中にはあなたにとっての真理と、信仰者にとっての訓戒と想念があるのだ。,(クルアーン11:120)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-実に彼ら(預言者ユースフとその兄弟たち)に関しての説話の中には、理性を備えた者たちにとっての訓戒がある。(クルアーンは)作り話などではなくそれ以前の啓典を確証し、また(宗教上必要な)全ての物事を説明するものなのであり、かつ信仰する民への正しい導きと慈悲なのである。,(クルアーン12:111)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに彼らに説話を語って聞かせよ。彼らは熟慮するかもしれない。,(クルアーン7:176)

● 恐怖や危険の際に、不信仰者に対して口車を用いること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-信仰者は、他の信仰者を差し置いて不信仰者をその味方としたりはしない。そのようなことをする者には、アッラーから何(のご援助)も頂けないであろう。但し彼ら(の危害)から身を守る 場合はその限りではない。アッラーはあなた方に、かれ(のお怒りや懲罰)について警告される。そしてかれにこそ、あなた方の行き先があるのである。,(クルアーン3:28)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-信仰に入った後に、アッラーに対する信仰を否定する者(はかれのお怒りと懲罰を受けることになろう)。但し(そうすることを)強制されただけで、心は信仰で満たされているような者は別である。しかし不信仰を自ら受け入れてしまった者にはアッラーのお怒りと、この上ない懲罰があろう。,(クルアーン16:106)

● 反対者を省みずにアッラーへのいざないを継続すること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-あなたに命じられたことを公けにし、シルクの徒に背を向けよ。われら(アッラーのこと)があなたを、嘲笑する者たちから守るのだ。彼らはアッラーと共に他の崇拝対象を配しているが、(間もなく事の結末を)知ることになろう。,(クルアーン15:94-96)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえにこの話(クルアーン)を偽りとする者を、われ(アッラーのこと)に任せよ。われら(アッラーのこと)は彼らが知らない所から、徐々に(彼らの破滅の手はずを)進めていくのだ。そしてわれは彼らに猶予を与える。わが計略は実に強固である。,(クルアーン68:44-45)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてアッラーのみしるしがあなたに下された後、彼ら(不信仰者)がそれを阻むようなことがあっては決してならない。あなたの主へといざなえ。そしてシルクの徒となってはいけない。,(クルアーン28:87)

 4-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに不信仰者たちに従ってはならない。それ(クルアーン)をもって大いに奮闘するのだ。,(クルアーン25:52)

● 頑迷な不信仰者や偽信者たちに対する厳しさと熾烈さ:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-ムハンマドはアッラーの使徒である。そして彼と共にある者たちは不信仰者たちに対しては厳しく、彼ら自身の間では慈しみ深い。,(クルアーン48:29)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-預言者(ムハンマド)よ、不信仰者と偽信者らと奮闘し、彼らに厳然としてあれ。彼らの行き先は地獄なのだ。何と悪い行き所であろうか。,(クルアーン9:73)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-信仰者たちよ、あなた方に隣接する不信仰者たちと戦うのだ。そして彼らに、あなた方の厳然さを知らしめよ。そしてアッラーはタクワー の徒と共にあることを知るのだ。,(クルアーン9:123)

● 人がイスラームを受容しなくても悲しんだり失望したりしないこと:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-彼ら(不信仰者)がこの話(クルアーン)を信じなければ、あなたは彼らの(背いて去り行く足)跡を見て、身を滅ぼすほどに悲しむであろう。,(クルアーン18:6)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-われら(アッラーのこと)は、彼ら(不信仰者)の言うことがいかにあなたを悲しませているか、実によく知っている。彼らはあなたを嘘つき呼ばわりしているのではない。しかし罪悪者どもは、アッラーのみしるし(クルアーン)を否定しているのだ。,(クルアーン6:33)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-自らの悪行が煌びやかに映って見え、そしてそれを素晴らしいものと思う者(ほどひどく迷い去った者がいようか)?実にアッラーはお望みになる者を迷わされ、お望みになる者をお導きになられる。ゆえに彼ら(導きを拒む者たち)のために悲しむのではない。実にアッラーは彼らの行いを熟知しておられるのだ。,(クルアーン35:8)

● 福音と警告:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-預言者よ、実にわれら(アッラーのこと)はあなたを証人として、そして福音の伝達者と警告者として遣わした。またかれのお許しのもとにアッラーへといざなう者、そして輝く灯火として。そして信仰者たちに伝えるのだ、彼らにはアッラーの御許からの大きな報奨があると。,(クルアーン33:45-47)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-われら(アッラーのこと)は使徒を、警告者かつ福音をもたらす者として遣わす。ゆえに信仰して(自らとその行いを)正す者には恐れも悲しみもないであろう。,(クルアーン6:48)

 3-アブー・ムーサー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、教友の誰かを何かの用事で遣わす時にはこう言ったものでした:“吉報を伝えるのだ。そして(人々があなた方を)嫌がって遠ざかったりしないようにせよ。また(物事を)容易くするのだ。そして困難にしたりしないようにせよ。”」(ムスリムの伝承 ) 

● 勧善懲悪:

 至高のアッラーはこう仰られました:-トーラーと福音書の中に記されているのを彼ら(啓典の民)が見出すところの、文盲の使徒、預言者に従う者たち。彼こそは善を勧め悪を禁じ、彼らによきものを合法なものとし、悪しき物を彼らに禁じる。そして(彼は)彼らが背負っていた重荷と、彼らにはめられていた枷を取り除くのだ。ゆえに彼を信仰し、また敬いかつ援助して、彼と共に下された光に追い従う者たちこそは、真の成功者なのである。,(クルアーン7:157)

● 信仰者の心をその主と結びつけ、その行いによって天国を約束すること:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「ある日私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)の後ろにいました。彼は私にこう言いました:“少年よ。お前にある言葉を教えてやろう。それを心に書き留めて堅守するのだ。そうすればアッラーがお前を護って下さるだろう。アッラー(があなたに命じ禁じられること)を守るのだ。そうすればかれを眼前に見出すであろう。何かを乞う時はアッラーに乞うのだ。そして援助を求める時はアッラーに援助を求めるのだ。そして知るのだ。全ての者があなたを益しようと一丸になっても、アッラーがあなたに対して既にお定めになられたこと以外は何1つあなたを益することがない。また全ての者があなたを害しようと一丸になっても、アッラーがあなたに対して既にお定めになられたこと以外は何1つあなたを害することがない。(定命の)筆は既に置かれ、(それが書き留められる)ページ(のインク)はもう乾いてしまったのである。”」(アフマドとアッ=ティルミズィーの伝承 )

 2-サハル・ブン・サアド(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「両髭の間にあるものと、両足の間にあるもの を私に保証する者には、私が天国を保証しよう。」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● 布教において現世的報酬を求めないこと:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-言え、「私は(布教において、)あなた方にいかなる報酬も求めたことがない。(あなた方が信仰して得る物があっても、)それはあなた方のものなのである。私の報奨はただアッラーのみによる。そしてかれこそは、全てに対しての証人であられるのだ。」,(クルアーン34:47)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-私は(布教において、)あなた方にいかなる報酬も求めはしない。私の報奨はただ万有の主のみによるのだ。,(クルアーン26:109)

● 人々への慈悲:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-ムハンマドはアッラーの使徒である。そして彼と共にある者たちは不信仰者たちに対しては厳しく、彼ら自身の間では慈しみ深い。,(クルアーン48:29)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてわれら(アッラーのこと)があなたを遣わしたのは、全世界への慈悲ゆえに他ならない。,(クルアーン21:107)

 3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、ある者がこう言いました:「“アッラーの使徒よ、シルクの徒に災難が降りかかるよう祈願して下さい。”すると彼はこう答えました:“私は呪う者として遣わされたのではない。慈悲として遣わされたのだ。”」(ムスリムの伝承 ) 

● 同情心と哀れみの心:

 至高のアッラーはこう仰られました:-あなた方のもとに、あなた方自身の内から1人の使徒(ムハンマド)が到来したのである。(彼は)あなた方の(現世と来世における)苦しみを身に沁みて辛く思い、あなた方(が懲罰を受けず信仰に入ること)に懸命で、信仰者たちに哀れみ深く、慈悲深いのである。,(クルアーン9:128)

● 柔和さと許しの心:

 1-至高のアッラーは預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に、こう仰られました:-そしてあなたが彼らに対して優しくしたのは、実にアッラーからのご慈悲ゆえであった。もしあなたがぞんざいで頑なであったなら、彼らはあなたのもとから離散してしまったことであろう。ゆえに彼らを赦し、彼らのために罪の赦しを乞え。そして諸事において彼らに相談し、一旦決心したら、アッラーにタワックル(全て委ねること)するのだ。実にアッラーはタワックルする者を愛でられる。,(クルアーン3:159)

 2-至高のアッラーは、ムーサーとハールーン(彼らにアッラーからの祝福と平安あれ)にこう仰られました:-ファラオのもとへ赴くのだ。実に彼は(アッラーと人々の権利において)度を越している。そして彼(ファラオ)に穏やかな言葉で話しかけよ。そうすれば彼は忠告を聴き入れ、畏怖の念を抱くかもしれない。,(クルアーン20:43-44)

 3-また至高のアッラーは、預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)にこうも仰られました:-許しの心を持ち、善を命じ、無知な者たちから遠ざかれ。,(クルアーン7:199)

 4-また至高のアッラーは、預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)にこうも仰られています:-ゆえに彼らを赦し、(彼らの悪から)潔白であれ。彼らはいずれ知ることになるのだから。,(クルアーン43:89)

● 正直さ:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして正しさを携えて到来した者と、それを正しいと認めた者。彼らこそはタクワー の徒である。 ,(クルアーン39:33)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-(ムハンマドよ、)啓典の中(のこの章)から、イブラーヒーム(アブラハム)について話して聞かせよ。実に彼は正直な預言者であった。,(クルアーン19:41)

● 忍耐心:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-あなた以前の使徒たちも嘘つき呼ばわりされたが、彼らはわれら(アッラーのこと)の勝利が訪れるまで嘘つき呼ばわりされ、迫害されることに耐えたのだ。アッラーの御言葉に変更はない。実にあなたのもとには、諸使徒の知らせの一部が確かに届いたのである。,(クルアーン6:34)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに忍耐せよ。実にアッラーのお約束は真実なのだから。そして(それを)確信しない輩に、あなたの気持ちを揺るがせてはならない。,(クルアーン30:60)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに動揺せずに忍耐せよ。,(クルアーン7:5)

● 真摯さ:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-実にわれら(アッラーのこと)は、真実をもってあなたにクルアーンを下した。それゆえアッラーのみを真摯に、何ものも並べることなく崇拝するのだ。 ,(クルアーン39:2)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-かれは永生されるお方。かれ以外に崇拝すべきものは何もない。ゆえにかれに何ものも並べて配することなく、かれのみを真摯に崇拝するのだ。万有の主アッラーにこそ讃えあれ。,(クルアーン40:65)

● 気前の良さと奉仕と謙譲さ:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-あなたに、イブラーヒーム(アブラハム)の貴い客人たちの話は伝わったであろう。彼らは彼のもとを訪れると挨拶し、彼(イブラーヒーム)も言った:「あなた方にも平安あれ。見慣れぬ方々よ。」そして彼は家族のもとへ赴くと、太った子牛(の肉)を携えて来た。そしてそれを彼らに差し出したが、(彼らがそれに手を付けようとしないのを見て)言った:「食べないのですか?」,(クルアーン51:24-27)

 2-また至高のアッラーはムーサー(モーゼ)と2人の女性の話について、こう仰られました:-(ムーサーは彼女らに)言った:「おふた方、どうなされました?」2人は言った:「羊飼いたちが(彼らの家畜を水飲み場から)立ち去らせるまで、私たちは(自分たちの家畜に)水をやることが出来ません。私たちの父はとても年老いています。」それでムーサーは彼女たちのために水を汲んでやり、それから(木)陰に赴いた。彼は言った:「主よ、私はあなたが私に下されたよきものに飢えています。」,(クルアーン28:23-24)

 3-ウマル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「キリスト教徒がマルヤムの息子(イーサー)に対してしたように、私を過度に称えるのではない。私は単なるかれ(アッラー)のしもべなのである。ゆえにこう言うのだ:“アッラーのしもべ、かれの使徒”と。」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● 現世の虚飾を回避すること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして、われら(アッラーのこと)が彼ら(ユダヤ教徒やシルクの徒ら)の内のある者たちに与えた享楽を羨望してはいけない。それらは、われらが彼らを試練にかけるための現世の華やかさなのだ。しかしあなたの主のご褒美こそは最善かつ永劫なのである。,(クルアーン20:131)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-主の御顔を希って、昼夜にかれに祈る者たちと共に耐え忍ぶのだ。そして現世の華やかさを望んで、彼ら(慎ましくも真摯な信仰者たち)から目を逸らしてはならない。,(クルアーン18:28)

● アッラーへの服従を望ませ、かれへの反逆を恐れさせること:

 至高のアッラーは仰られました:-そしてアッラーとその使徒に従う者は、(アッラーが)彼をその下を河川の流れる楽園に入れよう。彼らはそこに永遠に留まるのだ。これこそはこの上ない勝利である。一方アッラーとその使徒に逆らい、かれ(アッラー)が定められた(法の)境界線を越える者は、(アッラーが)彼を地獄に入れよう。彼はそこに永遠に留まり、そこでは屈辱的な懲罰が繰り広げられるのだ。,(クルアーン4:13-14)

● 善行を急ぐこと:

 至高のアッラーは、預言者ザカリーヤーとその家族についてこう仰られました:-彼らは実に善行においては俊敏で、われら(アッラーのこと)を希求し、また畏れつつ、祈っていた。そしてわれらに対して慎ましかったのだ。,(クルアーン21:90)

● アッラーの御言葉を興隆させるべく、生命と財産をかけて努力奮闘すること:

 至高のアッラーはこう仰られました:-しかし預言者(ムハンマド)と彼と共に信仰に入った者たちは、その財と生命をかけて努力奮闘する。彼らにこそはよきものがあり、また彼らこそは成功者なのである。,(クルアーン9:88)

● アッラーの道における奮闘:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして一体どれだけ多くの預言者が、多くの学ある信徒たちと共に戦い、アッラーの道において蒙った災難にひるまなかったか。そしてくじけもせず、屈服もしなかったか。実にアッラーは忍耐強い者を愛でられる。,(クルアーン3:146)

 2-至高のアッラーは仰られました:-預言者(ムハンマド)よ、不信仰者と偽信者らと奮闘し、彼らに厳然としてあれ。彼らの行き先は地獄なのだ。何と悪い行き所であろうか。,(クルアーン9:73)

● 知識の追求とその教授:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして言え、「主よ、私の知識をお増やし下さい。」,(クルアーン20:114)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-ムーサー(モーゼ)は彼に言った:「あなたに授けられた正しい知識を教えてもらうため、あなたについて行ってもよろしいですか?」。,(クルアーン18:66)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-かれこそは文盲の民に、彼らの内から1人の使徒を遣わされたお方。彼は彼らにそのみしるし(クルアーン)を朗誦し、彼らを清め、啓典と英知を教授する。そしてそれ以前、彼らは実に明白なる迷妄の中にいたのである。,(クルアーン62:2)

● イバーダ(崇拝行為)とズィクル(唱念)の継続によって心を清め、魂と肉体を強化すること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-実にわれら(アッラーのこと)は、あなたが彼らの言うことを心苦しく思っていることを知っている。ゆえにあなたの主を讃美しつつ、その崇高さを讃えるのだ。そしてよくサジダ(伏礼:礼拝の1動作)する者であれ。確信が到来するまで、あなたの主を崇拝するのだ。,(クルアーン15:97-99)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-信仰者たちよ、アッラーを頻繁に念じよ。そして朝に夕にかれの崇高さを讃えるのだ。,(クルアーン33:41-42)

 3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の娘ファーティマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)が父親のもとを訪れ、使用人をつけてくれるよう頼み、(家での)仕事について不平を述べました。それに関して彼はこう言いました:「私たちの所にはそのような者がいない。使用人などよりもっとよいものを教えてやろうか?就寝する時にタスビーフ を33回、タハミード を33回、タクビール を34回唱えるのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● シルクの徒が導かれるよう祈願すること:

 1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッ=トゥファイルとその仲間たちがやって来て、こう言いました:「“アッラーの使徒よ、ダウスの民は信仰せず、拒否しました。彼らに災難が降りかかるよう、アッラーにお祈り下さい。”すると誰かが言いました:“ダウスの民が滅んでしまうように。”預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(それを聞いて、)言いました:“アッラーよ、ダウスの民をお導き下さい。そして彼らを(信仰と共に)お連れ下さい。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

 2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「わたしはシルクの徒であった母親をイスラームへと誘っていたものでした。しかしある日私が彼女をイスラームへ勧誘した時、彼女はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)について私が厭うようなことを口にしました。…中略…私は言いました:“アッラーの使徒よ、アブー・フライラの母親が導かれるよう、お祈り下さい。”すると彼は言いました:“アッラーよ、アブー・フライラの母親をお導き下さい 。”」(ムスリムの伝承 )

 3-アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は(今でも)その民から殴られ、顔の血を拭いながら“アッラーよ、私の民をお赦し下さい。彼らは知らないのです。”と言う、とある預言者の話を語り聞かせる預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の姿を眼前にしているかのようです。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● あらゆる時と状況においてイスラームを伝道すること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-彼(ヌーフ)は言った:「主よ、実に私は私の民を、昼に夜に(正しい教えへと)いざない続けました。」,(クルアーン71:5)

 2-ウバーダ・ブン・アッ=サーミト(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は私たちを呼び、そして私たちは彼に忠誠の誓いをしました。(その内容とは:)気乗りすることにおいても気が進まないことにおいても、また逆境においても順境においても、またそれが私たちの利己心に反するようなものであったとしても、彼の命を良く聴き入れ、服従すること。そしてその資格を有する者から、統治権を奪ったりしないこと。但しあなた方が(その者に)明白な不信仰を見出し、かつそこにおいてアッラーからの明証が存在する場合はその限りではない。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● 協議:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして諸事において彼らに相談し…,(クルアーン3:159)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-…彼らの間の諸事を協議でもって取り決め…,(クルアーン42:38)

● アッラーへの確信と、タワックル(かれに全てを委ねること):

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-例えあなた方が彼(預言者ムハンマド)を援助しなくとも、実にアッラーは不信仰者たちが彼を追い出した時に、2人の内の1人であった彼を援助されたのである。彼らが洞窟の中にあり、そして彼(預言者ムハンマド)がその同伴者(アブー・バクル)に「悲しむのではない。アッラーが私たちと共にある」と言った時(のことを思い出せ)。,(クルアーン9:40)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-そして2つの集団が互いの姿を見(える位にまでの距離になっ)た時、ムーサー(モーゼ)の民は言った:「私たちは本当に追いつかれてしまった!」(ムーサーは)言った:「いや(、まだ追いつかれてはいない)。私には、私の主が共にある。かれは私を導いて下さるだろう。」それでわれら(アッラーのこと)は彼に、“海を杖で叩くのだ”と啓示した。(そしてムーサーがそうすると、)海は(12の道)に割れ、その各々は巨大な山のようであった。,(クルアーン26:61-63)

● 祈願と、あらゆる状況においてサラー(礼拝)をもって避難とすること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-彼ら以前にも、ヌーフ(ノア)の民が(彼らに遣わされた預言者を)嘘つき呼ばわりした。彼らは言った:「(奴は)狂っている。」そして彼は追いやられた。それで彼はその主に祈って言った:「実に私は抑圧されています。(私を)ご援助下さい。」それでわれら(アッラーのこと)は天の諸門を開き、激しい大雨を降らせた。そして(更に)大地から多くの泉を噴出させ、(天と地の)水は既に定められていたことのために合流した。それからわれらは、彼を板と釘からなる物(方舟のこと)でもって(地表を覆った洪水の上を)運んだ。,(クルアーン54:9-13)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-あなた方が、あなた方の主のご援助を請うた時(のことを思い出すのだ)。かれ(アッラーのこと)はあなた方に応じてこう仰られた:“われ(アッラーのこと)はあなた方に、隊列を組んでやって来る1000の天使を(援助として)遣わそう。” ,(クルアーン8:9)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-そして忍耐とサラー(礼拝)でもって、援助を乞うのだ。しかしそれは(アッラーを)畏れる者以外の者たちには困難なことなのである。,(クルアーン2:45)

 4-フザイファ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は災難に遭遇した際にはサラーをしたものでした。(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 )

● いかなる場合でも、嘆願や頼みごとはアッラーに向けること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-彼(ヤアクーブ)は言った:「私は実に、私の苦悩と悲哀をアッラーに訴えているのだ。私はあなた方の知らないことを、アッラーから知らされている。」 ,(クルアーン12:86)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-またアイユーブ(ヨブ)がその主をこう呼んだ時(のことを思い出すのだ):「私は害悪に苦しんでいます。そしてあなたこそは慈悲深い者全ての中でも、最も慈悲深いお方であられます。」そしてわれら(アッラーのこと)は彼に応え、彼から害悪を取り除いてやった。それからわれらは(来世において)彼に彼の家族を与え、そしてそれと似たような者たちを(現世においても)授けてやったのだ。これらはわれらの慈悲の賜物であり、イバーダ(崇拝行為)に努める者たちに対しての教訓なのだ。,(クルアーン21:83-84)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてザカリーヤーがその主を呼んだ時(のことを思い出せ):「主よ、私を(跡継ぎとなる子孫もないまま)1人ぼっちにしないで下さい。(しかしもし私がそのままであったとしても)あなたこそは最もよき相続者であられます。それでわれら(アッラーのこと)は彼に応え、彼にヤヒヤー(ヨハネ)を授けた…,(クルアーン21:89-90)

● 良い環境を固守し、悪い環境を避けること:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-信仰者たちよ、アッラーを畏れよ。そして正直な信仰者らと共にあるのだ。,(クルアーン9:119)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-主の御顔を希って、昼夜にかれに祈る者たちと共に耐え忍ぶのだ。そして現世の華やかさを望んで、彼ら(慎ましくも真摯な信仰者たち)から目を逸らしてはならない。またわれら(アッラーのこと)が、われらを想起することにおいてその心をおろそかにさせたような者に従ってはいけないのだ。そのような者は自らの私欲に追随しているのであり、その成すことは度を越している。,(クルアーン18:28)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-すると町外れから1人の男が急いでやって来て、言った:「ムーサー(モーゼ)よ、有力者たちがあなたの件で相談し合い、あなたを殺そうとしている。だから(町から)出て行くのだ。私は本当にあなたに忠告している。」それで彼は恐る恐る、細心の注意を配りながら出て行った。そして言った:「主よ、罪深い民から私をお救い下さい。」,(クルアーン28:20-21)

 4-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてシャイターン(悪魔)があなたを忘れさせたのだとしても、それを思い出した後に及んで罪深い民と同席してはならない。,(クルアーン6:68)

● アッラーに依拠し、私欲を抑え、目的達成のために必要かつイスラーム法上合法である諸要素を満たすこと:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-言え(ムハンマドよ)、「私はアッラーがそうお望みになられたものを除いては、何かを益する力も害する力も有してはいない。もし私が不可知の領域を関知していたら、よいことばかりを集め、災難は回避することが出来ただろう。私は信仰する民への1人の警告者、福音者に過ぎないのである。」,(クルアーン7:188)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえにあなた方が彼らを殺したのではなく、アッラーこそが彼らを殺されたのである。またあなたが(弓を)射った時、あなたが射ったのではなく、アッラーこそが射られたのである。(これもアッラーが、)それによって信仰者をよき試練に遭わせるがためなのだ。実にアッラーこそは全てをお聞きになり、ご存知になられるお方である。,(クルアーン8:17)

 3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:「アッラーのみ以外に崇拝すべきものはなし。かれこそがその軍隊を強力にされ、そのしもべを援助され、(不信仰者からなる)部族連合を敗走させられたお方。そしてその後には何ものも存在しないお方。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 例え外面上は論理的ではないように見えたとしても、アッラーのご命令に従うこと:

例えばヌーフ(ノア)が水もない所で方舟を造ったことや、イブラーヒーム(アブラハム)が妻子を作物もない荒涼とした土地に取り残したこと、ムーサー(モーゼ)が大蛇を掴んだり、海を杖で叩いたりしたことなどが挙げられます。それらは全て偉大かつ荘厳なるアッラーのご命令に従って行ったことでした。

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてヌーフ(ノア)は方舟を造り始めた。彼の民の有力者らは彼の傍を通りかかるたび、彼を嘲笑した。彼は言った:「あなた方が私たちを嘲笑しようと、私たちはいずれあなた方が私たちを嘲笑するように、あなた方を嘲笑しよう。」,(クルアーン11:38)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-私たちの主よ、私は私の子孫のある者たちを、あなたの聖なる館(カアバ神殿)の不毛の谷間に住まわせました。私たちの主よ、彼らにサラー(礼拝)を遵守させて下さい。そして人々の心が彼らへと傾くようにさせ、彼らに糧をお授け下さい。彼らはきっと感謝することでしょう。,(クルアーン14:37)

3-至高のアッラーはこう仰られました:-(アッラーは仰った:)「ムーサーよ、あなたの右手にあるそのものは何か?」彼は言った:「これは私がもたれかかったり、私の羊のために(木の葉を)振い落したりする杖で、それには他にも使い道があります。」(アッラーは仰った:)「ムーサーよ、それを投げよ。」それで彼はそれを投げたが、するとそれは這い回る一匹の大蛇になった。(アッラーは仰った:)「恐れずに、それを捕まえよ。われら(アッラーのこと)がそれを元々の形に戻してやるのだから。」,(クルアーン20:17-21)

4-至高のアッラーはこう仰られました:-それでわれら(アッラーのこと)は彼に、“海を杖で叩くのだ”と啓示した。(そしてムーサーがそうすると、)海は(12の道)に割れ、その各々は巨大な山のようであった。,(クルアーン26:63)

● アッラーの道へといざなうことにおいて被る、嫌がらせや追い出しなどを耐え忍ぶこと:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-いや、あなた方はあなた方以前に滅びた者たちが遭遇したようなものに出遭うことなく、天国に入れるものと思い込んでいる。彼らはひどい困窮や災難に見舞われ、様々な試練に揺るがされ、使徒と彼と共に信仰した者たちが「一体アッラーのご援助はいつなのであろうか!?」と言ったほどだったのだ。しかし実にアッラーのご援助はごく間近なのである。,(クルアーン2:214)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-一体何が私たちを、アッラーにタワックル(全てを委ねること)することから阻もうか?かれは私たちを(明白かつ正しい)道へとお導き下さったというのに。いや、(誓って)私たちはあなた方の嫌がらせに辛抱しよう。タワックルする者たちには、アッラーのみにこそタワックルをさせるのだ。,(クルアーン14:12)

3-至高のアッラーはこう仰られました:-そして不信仰者たちがあなたを拘束したり、あるいは殺害したり、あるいは追放したりすべく姦計をはたらくことを思い出せ。しかし彼らが姦計をはたらこうとも、アッラーも計略を巡らされる。そしてアッラーこそはこの上ない計略家であられるのだ。,(クルアーン8:30)

4-アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「“アッラーの使徒よ、あなたにとってウフドの戦役よりも過酷な時はありましたか?”アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“私はあなたの民(クライシュ族)より(過酷な迫害を)被った。そしてその中でも最も過酷なものがアカバの日のそれだった。私はイブン・アブド・ヤーリール・ブン・アブド・クラールにイスラームを提示したが、彼は私の望みに応じなかった。それで私は落胆して去り、カルン・アッ=サアーリブ に到着するまで放心状態にあった…」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

5-アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「私はアッラーにおいて、誰も出遭ったことのないような恐怖を被った。そしてアッラーにおいて、誰も受けたことのないような被害を被った。またビラールの脇に抱えられるほど少量のものを除いては、私と彼に生物が食するに値するような食べ物のない30昼夜に襲われたりもした。」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 )

● 嘘の告発や陵辱、嘲笑などに辛抱すること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-同様に、彼ら以前に到来した使徒たちで「魔術師」とか「狂人」とか言われなかった者はいなかったのである。,(クルアーン51:52)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-実にあなた以前の使徒たちも嘲笑されたのだが、彼らが嘲笑していたところのもの(不信仰に対する懲罰のこと)が彼ら(使徒たち)を侮蔑していた者たちに降りかかったのである。,(クルアーン6:10)

 3-至高のアッラーはこう仰られました:-いや、彼らは言った:「(そんなことは)突飛な幻想である。彼(預言者ムハンマド)がそれをでっちあげたのだ。いや、彼は詩人である。(彼の言うことが本当なら)、以前遣わされた者たちがそうしたように、(アッラーからの)みしるしを携えて来させよ。」,(クルアーン21:5)

 4-至高のアッラーはこう仰られました:-実にわれら(アッラーのこと)は、あなたが彼らの言うことを心苦しく思っていることを知っている。ゆえにあなたの主を讃美しつつ、その崇高さを讃えるのだ。そしてよくサジダ(伏礼:礼拝の1動作)する者であれ。確信が到来するまで、あなたの主を崇拝するのだ。,(クルアーン15:97-99)

● 頑迷な不信仰者に対し、毅然とした誇り高い態度をとること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-言え、「私の主は私を、真っ直ぐな道へとお導き下さった。(それは)正しい宗教、イブラーヒームの純正な教え。そして彼はシルクの徒ではなかったのだ。」,(クルアーン6:161)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-実にイブラーヒームと彼と共にあった者たちの中には、あなた方にとっての良き模範があった。彼らがその民にこう言った時(のことを思い出せ):「私たちはあなた方と、あなた方がアッラーを差し置いて崇めているものから無縁である。私たちはあなた方が、不信心を犯していると見なしている。そしてあなた方がアッラーのみを信仰するようになるまで、私たちとあなた方の間には永遠に敵意と憎悪の念が生じたのだ。」但しイブラーヒームの父親に対する(次の)言葉だけはその限りではなかった:「私はあなたのために(アッラーに)お赦しを乞いましょう。私はあなたに対し、アッラーを差し置いて何が出来ると言う訳でもありませんが。」(イブラーヒームは言った:)「私たちの主よ、私たちはあなたにタワックル(アッラーに身を委ねること)しました。そしてあなたに悔悟しました。そしてあなたの御許にこそ、全ての還り所があります。」,(クルアーン60:4)

3-また至高のアッラーはファラオの魔術師たちが信仰した時、こう仰られました:-(魔術師たちは)言った:「私たちは、私たちのもとに到来した明証と私たちを創造されたお方を差し置いて、あなたになびいたりはしまい。あなたは、あなたが下すところの判決を下すがよい。実にあなたは、この現世においてのみ判決を下すに過ぎないのだが。私たちは私たちの主を信仰しました。それは私たちの過ちと、あなたが私たちに無理強いした魔術に関して、かれが私たちをお赦しになるためです。アッラーこそは最善であり、永遠に留まられるお方であられます。」),(クルアーン20:72-73)

● 例え多勢に無勢であっても、敵の前で堅固かつ勇ましくあり、そしてアッラーにタワックルすること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-彼らにヌーフ(ノア)の話を読誦して聞かせよ。彼がその民にこう言った時(のことを思い出せ:)「私の民よ、例え私が(あなた方のもとに長く)留まり、(あなた方に対して)アッラーのみしるしでもって訓戒することが、あなた方にとって甚だ煩わしいことであったとしても、実に私はアッラーにタワックル(全てを委ねること)したのです。それゆえあなた方はあなた方の事を決定し、あなた方(がアッラーを差し置いて拝するところの、アッラー)の共同者らに祈りなさい。そしてその後はあなた方の決めたことを隠すことなく、私に向かって猶予することなく実行するが良いでしょう。」,(クルアーン10:71)

2-また至高のアッラーは、預言者フード(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)についてこう仰られました:-…彼(フード)は言った:「私はアッラーを証人としよう。そしてあなた方も証言するのだ。私が、あなた方がアッラーを差し置いて崇めているものとは無関係であるということを。ゆえにあなた方は一丸となって私に対し姦計を練り、猶予などおくのではない。私は実に私の主であり、あなた方の主であるアッラーにタワックルしたのだ。生きとし生けるもので、アッラーにその前髪をつかまえられていないものはない 。実にアッラーは真っ直ぐな道を示されるお方。」,(クルアーン11:54-56)

● 苦悩の解消や必要ごとにおいて、アッラーのお力を乞うこと:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして大魚の男(ユーヌス:ヨナ)が怒って出かけた時の事を思い出すのだ。彼はわれら(アッラーのこと)が彼を苦境におくなどとは思っていなかったが、暗闇の中でこう叫んだのだ:「あなたの他に真に崇拝すべきいかなるものもありません!あなたは(あらゆる欠陥や不完全性から遥かに無縁な)崇高なお方です!私は本当に(真理において自らに)不正を働いていた者でした。」それでわれらは彼(のドゥアー)に応え、彼をその悲しみから救った。このようにわれらは信仰者を救うのである。,(クルアーン21:87-88)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてムーサー(モーゼ)がその民のために、水を求めて祈った時のこと(を思い出せ)。われら(アッラーのこと)は言った:「あなたの杖で岩を打つのだ。」(そして彼がそうすると、)そこから12の泉が湧き溢れ出た。各支族(に1つの泉が与えられ、また彼ら)は各々の飲み場を知った。(ムーサーは言った:)「アッラーから授かった糧から、食べかつ飲みなさい。そして地上で反逆を働いてはならない。」,(クルアーン2:60)

● 地位の高い者に対する配慮:

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてわれら(アッラーのこと)は、ムーサーをわれらのみしるしと明証をもって遣わした。フィルアウン(ファラオ)とハーマーンとカールーン のもとに。しかし彼らは(ムーサーを)、「大嘘つきの魔術師」と言った。,(クルアーン40:23-24)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-あなた(ムーサーのこと)とあなたの兄は、われ(アッラーのこと)のみしるしを携えて行くのだ。そしてわれを想起することを怠ってはならない。フィルアウンのもとへ赴くのだ。実に彼は(アッラーと人々の権利において)度を越している。そして彼(フィルアウン)に穏やかな言葉で話しかけよ。そうすれば彼は忠告を聴き入れ、畏怖の念を抱くかもしれない。,(クルアーン20:42-44)

 3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「もし10人のユダヤ教徒(の長)がイスラームを受容したならば、(全ての)ユダヤ教徒がそうしたであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 外面的にも内面的にも宗教を正しく実践すること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-それであなたと、あなたと共に悔悟した者は、(正しい宗教の手法を)命じられたように遵守するのだ。そして(あなた方の主に)反してはならない。実にかれは、あなた方の成すことを全てご覧になられる。,(クルアーン11:112)

2-また至高のアッラーは預言者シュアイブに関して、こう仰られました:-(シュアイブは言った:)「そして私は、あなた方に禁じることにおいて自ら違反するつもりはない。私は私の出来る限り、(事を)正したいだけなのである。そして私の成功はアッラーのみにかかっている。私はかれにこそタワックル(全てを委ねること)し、かれにこそ(悔悟の念をもって不断に)立ち返るのだ。」,(クルアーン11:88)
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Jumat, 24 Januari 2025

5-停戦条約

5-停戦条約

● 停戦条約とは:イスラーム法治国家の統治者、あるいはその代理が敵との戦闘を一定期間‐例えその期間が必要ゆえ長引いても‐停止することです。

 停戦条約は厳守しなければなりません。またムスリムの弱体化ゆえに戦争を遅延したい、などというような福利ゆえに賠償金を支払って締結することも許されます。停戦条約は代償を伴う場合もあれば、そうでない場合もあります。

● 停戦条約を結んでいる民がイスラーム法治国家内でムスリムに対する傷害罪を犯せば、罰金や報復刑、鞭打ちなどの刑を受けます。

● 条約の遵守に関して:   

 条約や契約は遵守しなければなりませんが、相手がそれを破棄したり、または契約を遵守しなかったり、あるいはそこにおいて裏切り行為を企んでいたりするような場合は、無効化されます。また相手の裏切り行為が危険なものであった場合、契約の無効化を宣言した後に開戦することも出来ます。

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして約束を守るのだ。それは問われることになるだろうから。,(クルアーン17:34)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてもしある民の裏切り行為を(知って)恐れるのなら、(彼らがそうしたのと)同様に(盟約の破棄を)彼らに突き返せ。実にアッラーは裏切る者たちを好まれないのだ。,(クルアーン8:58)
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4-ズィンミー(庇護民)の契約

4-ズィンミー(庇護民)の契約


● ズィンミーの契約とは:ジズヤ税を納め、イスラーム法規定を遵守することを条件に、イスラーム法治国家内に居住する非ムスリムのイスラームへの不信仰を認可すること。この契約はイスラーム法治国家の長、あるいはその代理との間で締結されます。

● ズィンミーとは:啓典の民であるユダヤ教徒とキリスト教徒のことです。ゾロアスター教徒はある部分においては啓典の民と同様の扱いを受けますが、根本的な部分においては別の扱いを受けます。つまりジズヤ税を徴収されますが、ムスリムは彼らの女性とは婚姻関係を結べず、彼らの屠った肉も食用出来ません。

 一方シルク の徒に関しては、アッラーとその使徒、信仰者たちのもとで庇護の保障はありません 。ゆえに彼らがイスラームを提示されて拒否した場合、ムスリムと交戦状態に入ることになります 。というのもイスラームはシルクを認可しないからです。

 また啓典の民に関しては、以下の3つの中から選択することになります:①イスラーム、②ジズヤ税、③交戦。 

● ジズヤ税の割合:

 イスラーム法治国家の長、あるいはその代理は課税対象の経済力を考慮しつつ、金銀や貨幣、あるいは衣服や鉄や家畜などの合法な物資に対してジズヤ税を課します。

 尚未成年者や女性、奴隷や貧困者、正常な理性を備えていない者、障害者、僧侶に対してはジズヤ税の徴収が免除されます。

● ズィンミーが酒や豚肉など、彼らにとっては合法であってもムスリムにとっては非合法とされる収入源からジズヤ税や地税、血債や借金などの義務を果たしたとしても、それを受領することは合法です。

● ズィンミーに関する法規定:

 イスラーム国家はズィンミーがジズヤ税を払ったらそれを受け入れ、その後は彼らの生命を保証しなければなりません。またもし彼らがイスラームに改宗すれば、ジズヤ税の義務は解消されます。

 1-至高のアッラーはこう仰られました:-啓典を授かっている者たちの内で、アッラーと審判の日を信仰せず、またアッラーとその使徒が禁じた物事を禁じもせず、真理の宗教に従わない者たちと、彼らが屈服してジズヤ税を進んで支払うまで戦え。,(クルアーン9:29)

 2-至高のアッラーはこう仰られました:-アッラーは宗教ゆえにあなた方に戦いを仕掛けたり、あなた方を家から追い出したりしなかったような者たちに対して、あなた方が善行を施したり公正に接したりすることを禁じられてはいない。実にアッラーは公正な者を愛でられるのだ。,(クルアーン60:8)

● 啓典の民でイスラームを受け入れた者の徳:

 アブー・ムーサー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「3種類の者には倍の報奨がある:啓典の民の内の者でその預言者を信じ、ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)を信じた者。また至高のアッラーに対する義務と、その主人に対する義務を果たした奴隷身分のしもべ。そして奴隷女性を所有する者で、彼女をよく躾け、よく教育し、その後解放して結婚する者。これらの者には倍の報奨があろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● ズィンミーがムスリムと同様に扱われるべき権利:

 イスラーム法治国家の長はズィンミーに対し、その生命と財産、名誉においてムスリムと同様の権利を認めなければなりません。また姦淫など、彼ら(啓典の民)が非合法と見做している物事に関しては固定刑 の実施を行い、酒類や豚肉の取引など彼らが合法と見做している物事に関しては刑の実施を行いません。但しそのような物事を公に行うことは禁じられます。

● ズィンミーがムスリムと同等に扱われない側面:

 ズィンミーは存命中も死後も、ムスリムとは異なっている必要があります。それはムスリムが彼らに惑わされないようにするためで、彼らはムスリムとは際立った出で立ちをしなければなりません。彼らはイスラームに興味がある場合モスクに入ることが出来ますが、マッカのハラーム・モスクだけは入ることが許されません。

● ズィンミーとの付き合い方:

 ズィンミーに表敬の意味で起立することや彼らの祝祭などを共に祝うこと、キリスト教会やシナゴーグ、その他の非イスラーム宗教施設の新たな建設、酒類や豚肉などを公けに取り扱ったりすること、宗教施設の鐘などを鳴らすこと、彼らの啓典などが高らかに読誦されること、ムスリムの建築物を越えるほどの高い建築物を建てることなどは禁じられます。

 一方で彼らの改宗を望みつつ、言葉や行為でもって彼らに親切にし、善行を施すことが奨励されます。

 至高のアッラーはこう仰られました:-アッラーは宗教ゆえにあなた方に戦いを仕掛けたり、あなた方を家から追い出したりしなかったような者たちに対して、あなた方が善行を施したり公正に接したりすることを禁じられてはいない。実にアッラーは公正な者を愛でられるのだ。,(クルアーン60:8)

● 表敬や手助けなどのために、目の前に現れたムスリムに対して起立することは許されます。また同様に、立ち上がってその者の所へ歩いて赴くことも問題ありません。しかしその者の護衛か、あるいはシルクの徒の面目を潰すつもりでない限り、座っている者の前に起立することは許されません。例えばクライシュ族が停戦協議のためにフダイビーヤの預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとへ使節を派遣した際、アル=ムギーラ・ブン・シュゥバ(彼にアッラーのご満悦あれ)は座っているアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の前に護衛のために立っていました。

● ズィンミーの契約はいつ無効化されるか:

 1-ズィンミーの契約は彼らがジズヤ税の支払いを拒否するか、またはイスラームの法規定遵守を拒むか、あるいはムスリムに対して殺人、姦淫、強盗行為、スパイ行為などの法的侵害を行うか、あるいはアッラーとその使徒、またはイスラームの啓典や法に汚名を着せたりした場合に無効化され、同時にその生命と財産の安全保障も消失します。

 2-ズィンミーの契約が無効化されれば、その者はムスリムと交戦状態にある者と見なされます。それでイスラーム法治国家の長はその者を死刑にするか、奴隷化するか、または無償解放するか、あるいは有償解放するか、最も福利に適う選択をします。

● 安全保障:

 非ムスリムの商売やイスラームの学習などの目的のため、全ムスリムは彼らに対し一定期間、イスラーム国家内における安全保障を付与することが出来ます。但しそうすることによって害悪が発生する恐れがある場合は、その限りではありません。また安全保障を行うムスリムは成人で正常な理性を備えており、また自らの意思でそれを行う必要があります。またイスラーム法治国家の長は、あらゆる非ムスリムに対し安全保障を与えることが出来ます。

 安全保障を与えられた非ムスリムは殺害や拘束、害悪などによって権利を侵害されることを禁じられます。

至高のアッラーはこう仰られました:-そしてシルクの徒が保護を訴えてきたら、その者がアッラーの御言葉(クルアーン)を耳に入れるべく保護してやるのだ。それからまた彼を安全な場所まで送り届けてやれ。というのも彼らは無知な民であるからである。,(クルアーン9:6)

● アラビア半島における非ムスリムの居住について:

 ユダヤ教徒やキリスト教徒を始め、いかなる非ムスリムもアラビア半島に留まることは許されません。但し滞在が仕事などの必要で、彼らの害悪が見込まれない場合においては合法化されます。

● 非ムスリムがモスクに入ることに関して:

 1-非ムスリムがマッカのハラム領域に入ることは許されません。偉大かつ荘厳なるアッラーはこう仰られました:-信仰する者たちよ、シルクの徒は不浄である。それゆえ今年以降は彼らをハラーム・モスクに近付けてはならない。もしあなた方が困窮を恐れるのであっても 、アッラーがその恩恵でもってあなた方を豊かにしてくれよう。実にアッラーは全てをご存知になり、この上ない英知を備えられたお方である。,(クルアーン9:28)

 2-またそれ以外の領域にあるモスクに関しては、何らかの必要や福利のためにムスリムがそれを許可しない限り、非ムスリムがモスクに足を踏み入れることは禁じられます。

● 安全協定を結んでいる非ムスリムを不当にあやめることの罪:

 イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「協定を結んでいる者を殺した者は、天国の香りを嗅ぐことがない。それは40年も向こうの行程から漂ってくるものであるにも関わらず、である。」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● イスラーム国家内における教会などの建設に関して:

 モスクはイーマーンの家ですが、現代のキリスト教会やシナゴーグなどは不信仰とシルク の家と成り果てています。そして全ての大地は、偉大かつ荘厳なるアッラーにのみ属しているのです。
 
 アッラーはモスクの建設と、そこにおいてかれのために崇拝行為が行われることを命じられました。そしてそこにおいてかれ以外の何ものかが拝されることを、禁じられたのです。
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①サウム(斎戒)の意味とその義務性と徳:

①サウム(斎戒)の意味とその義務性と徳:

● 偉大かつ荘厳なるアッラーは、しもべが自らの欲望に従うか、あるいはその主に従うかを試すために、イバーダ(崇拝行為)を多様な形に定められました。そして宗教において、サウムのようにアッラーの御顔を求めて飲食物や性交などの自らの欲望を制限する種類のものも定められた一方、ザカー(浄財)やサダカ(施し)のようにアッラーの御顔を求めて財など自ら欲求するものを費やす種類のものも定められました。もしかするとある者は容易に1000リヤル 施すことは出来ても、1日のサウムにすら耐えられないかもしれません。またその逆の場合もあるでしょう。このようにアッラーは、しもべを試すためにイバーダを様々な形に多様化させられたのです。

● 心の改善:

心の改善と矯正は、主のみに関心を集中させ、そしてかれに親しむことで達成されます。しかし飲食や言葉や睡眠の過多、そして人々と必要以上に交わることなどは人をその主から断絶させてしまい、乱雑さや放逸さを助長します。そこで偉大かつ慈悲深いお方はそのご慈悲ゆえ、しもべたちに飲食過多を解消し、至高のアッラーへの道において障害となる様々な欲望から心を解き放つべく、サウムを定められたのです。
またアッラーは、しもべたちにイァティカーフ(お篭り)を定められました。それは心がアッラーへと専念し、かれと交流し、そして他のものとは隔絶してかれと2人きりになる機会を提供します。またアッラーは来世において何の益にもならないような言葉を抑制し、心身を益するキヤーム・アッ=ライル(夜の任意の礼拝)も定められました。

● サウムとは:偉大かつ荘厳なるアッラーへの奉仕と服従としてサウムをするという意図を持ちつつ、真のファジュル(暁) から日没まで、飲食や性交などのサウムを無効化する諸要因から身を控えることです。

● サウムが定められたことの英知:

1-サウムは、義務行為を遂行し禁止行為を放棄することによって、偉大かつ荘厳なるアッラーに対するタクワー を獲得する手段です。

2-サウムは人に自らを規律づけ、欲望を抑制することを教えてくれますし、また責任を全うし困難に耐える訓練を施してくれます。

3-サウムは、同胞の痛みを分かち合う心を養います。そしてそれにより、貧者や困窮者への善行や奉仕へといざないます。こうして愛情や同胞愛といったものが養われるのです。

4-サウムは魂を浄化し、卑しい性格や悪徳などを直してくれます。また消化器官を過労から休息させ、その活力と回復を促します。

● ラマダーン月 のサウムはイスラームの5柱の1つです。偉大かつ荘厳なるアッラーはヒジュラ暦2年にそれを定められました。

● ラマダーン月は最良の月です。その月末の10日間の夜は、ズー・アル=ヒッジャ月 の最初の10日間の昼より優れています。一方ズー・アル=ヒッジャ月の最初の10日間の昼は、ラマダーン月の最後の10日間の昼よりは優れています。そして1週間の内最良の日は金曜日で、イード・アル=アドゥハー(犠牲祭)の日は年間を通して最良の日であり、ライラト・アル=カドゥル は年間を通して最良の夜です。

● ラマダーン月のサウムの義務性:

 ラマダーン月のサウムは男女を問わず、全ての①ムスリム、②成人、③理性が健常な者、④サウムを遂行可能な能力を備えている者、⑤定住者、⑥また月経や産後の出血などのサウムの有効性を妨げる要素がない者に、義務付けられています。
 またアッラーがウンマ(イスラーム共同体)に定められたサウムは、それ以前の啓典の民にも定められていました。
 至高のアッラーはこう仰られました:-信仰する者たちよ、あなた方以前の者たちにも定められたように、あなた方にもサウムが課せられた。(それによって)あなた方はタクワーを獲得するであろう。,(クルアーン2:183) 
● ラマダーン月の徳:

 ラマダーン月に入ると、天国の扉は開け放たれます。そしてアッラーはその月の毎晩、地獄から人々を救われます 。そしてその月の後半には、1000の月にも優ると言われる1晩が潜んでいるのです。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ラマダーン月が来ると、天国の諸門は開け放たれ、地獄の諸門は閉じられる。そしてシャイターンはかせをつけられ(て拘束され)るのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 
 
● サウムの徳:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アーダムの子(人間)の全ての行いは、その10倍から700倍の善行として倍増させられる。偉大かつ荘厳なるアッラーは仰った:「但しサウムは別である。それはわれのためのものであり、われはそれに(特別な)報奨を授ける。(というのもサウムする者は)われゆえにその欲望と食事を放棄したからである。」そしてサウムするものには2つの喜びがある:サウムを解くときの喜びと、主と謁見した時の(特別なご褒美に対する)喜びである。そして(サウムする者の)口臭は、アッラーの御許において麝香の香りよりも芳しいものなのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ライラト・アル=カドゥルをイーマーンと報奨への望みをもってサラー(礼拝)する者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

3-サハル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「天国には8つの門がある。そしてそこにはサウムの徒しかそこから入ることのない、アッ=ライヤーンという名の門がある。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )
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②サウムに関する諸規定:

②サウムに関する諸規定:
 
● ムスリムはラマダーン月の報奨を得るためには、イーマーン と困難の代償である報奨への望みをもってサウムしなければなりません。そして見栄や世評、単なる慣習や周囲の人々への盲従ゆえにサウムするようであってはなりません。ムスリムは他のイバーダート(崇拝行為)同様アッラーに命じられたゆえにサウムするのであり、それでもってアッラーの御許における報奨を望むのです。

● ラマダーン月のサウムを始めるにあたって確認しなければならない2つのこと:

1-男女関わらず、視力に優れた信頼に値するムスリムにより、ラマダーン月の新月が観測されること。

2-あるいはシャアバーン月 が30日完遂すること。

● ラマダーン月の新月観測に関する諸規定:

もしシャアバーン月30日目の晩の空が見通しがよいにも関わらず、新月が観測されなかった時は、サウムを始めません 。
またサウムを始め、ラマダーン月28日目に翌月の新月が観測されてしまったような時は、イードの日の後に1日ラマダーン月のサウムを補わなければなりません。
また1人の新月観測の証言によりサウムを始め、ラマダーン30日目になっても新月が観測されない場合、新月が観測されるまでサウムを継続します。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“(新月の)観測と共にサウムを始め、(新月の)観測と共にサウムを終えよ。もし(天候が悪く空の)見通しが悪い場合は、シャアバーン月を30日完遂するのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● ある地域の誰かが新月を観測したら、その地域に居住する(サウムの義務が課されている)全ての者はサウムを始めなければなりません。観測場所によって月の位置は異なるため、各地域や国によって新月観測によるサウムの開始・終了時期は異なってきます。しかし全ての国がある1つの新月観測によって一斉にサウムをするのなら、それは望ましいことであり、またムスリムの統一と同胞愛、団結の表れともなります。ゆえに至高のアッラーがそう思し召しになるその時まで、各ムスリムは自国の人々と共にサウムするべきで、分裂して各々が別々にサウムを始めたり終えたりするべきではありません。そしてそれはアッラーが禁じられている、ムスリムの分裂という危険な要素を回避するためでもあります。

● ラマダーンの新月を確認したのに、周りからその言葉を受け入れてもらえなかった者、あるいはシャウワール月 の新月を確認したのに、周りからその言葉を受け入れてもらえなかった者は、サウムの開始・終了時期において周りの人々に足並みを揃えなければなりません。
またもし昼間に新月が観察されたら、それは次の晩のものと見なされます。そしてもし新月が日が昇る前に隠れてしまったら、それは前の晩のものと見なされます。

● ラマダーン月に関わらず、新月を見た時には次のように唱えることが推奨されています:「アッラーよ、祝福とその継続と共に、そして平安とその継続と共に新月をお見せ下さい。私とあなたの主は、アッラーです。」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承 )

● ラマダーンの新月がイスラーム法に則った形で観測されるか、あるいはその終了が確認されるかしたら、ムスリムの指導者は合法的な手段をもってそれを布告しなければなりません。

● サウム中に別の国に移転した場合、サウムの開始・終了時期は移転先の国のそれに従います。ゆえに彼らがサウムを終了したら自らも終了することになります。ただそうすることによって、もし自分の遂行したサウムが29日間に満たない場合には、イードの日の後に1日分のサウムの不足分を補います。またもしサウムが30日間以上に達する場合であっても、その国の人々に合わせてでしかサウムを終了してはなりません。

● サウムのニーヤ(意図)の義務性:

ラマダーン月のサウムをするにあたっては、その日のファジュル(暁)前の晩からそうするというニーヤを明確にしておかなければなりません。ただラマダーン月以外の任意のサウムに関しては、ファジュル(暁)後のサウムを無効にするいかなることもしていないことを条件に、昼間からニーヤを立てることが出来ます。

● 義務のサウムでも、もし前日の晩にラマダーン月の開始がまだ判明していなかった場合で、かつ昼間に新月の確認がされたら、その時は昼間にニーヤを立てることが正当化されます。そしてそのような場合は、もしそれ以前に食事などをしてしまっていたとしても、日没まで残りの昼間をサウムしなければなりません。そしてその日のサウムは、定刻に行われた正しく完全なものと見なされるので、それを不完全なものとして後に補足してやり直す必要はありません。

● ラマダーン月の昼間に、それ以前は精神に以上をきたしていた者が回復したり、年少者が成熟したり、あるいは不信仰者がムスリムになったりした場合、彼らはサウムの義務が発生した時点に‐つまり昼間であっても‐ニーヤを立てることが許されます。その日はそれ以前に飲食などしてしまっていても問題はなく、その日のサウムを不完全なものとして後に補足してやり直す必要はありません。

● 全ムスリムは、サラー(礼拝)やサウムにおいて、現在いる場所の日付や時刻に従います。サウムする者は地上であろうと、飛行機の中にあろうと、はたまた船の上にあろうと、現在いる場所の日付や時刻に従ってサウムを始め、解くのです。

● 老人と病人のサウム:

 定住者であるか否かに関わらず、老衰や回復の見込みのない病気ゆえに義務のサウムをしない者は、毎日経済的な困窮者1人に食事を施し、それでもってサウムの代償としなければなりません。そして彼がサウムしなかっただけの食事を作り、困窮者たちに振舞うのです。その時期は個人の判断に任されており、毎日そうすることも、あるいは後回しにすることも可能です。また望むならば、毎日半サーア の食料を1人の困窮者に施すことも出来ます。

● 精神的失調や精神錯乱などに陥っている者は、サウムする義務もなければその償いをする必要もありません。というのもそのような状態にある者は、そもそも諸義務を課されてはいないからです。

● 月経中、あるいは産後の出血中の女性は、サウムすることが許されていません。そのような状態にある者はサウムをせず、後に出来なかった日数分のサウムを補うことになります。また日中に清浄な状態に戻ったり、あるいはサウムをせずに旅行し、そして昼間にその旅行を終えたような状態にある者は、サウムする必要はありません。そのような者は、後でその日の分のサウムを補うことになります。

● 妊娠中、及び授乳中の女性は、サウムすることでもし自らの身、あるいは自分自身と胎児あるいは乳幼児の双方の危険を感じるならば、サウムしません。そして後に、やらなかった日数分のサウムを補足します。

● 旅行中のサウムに関する諸規定:

 大まかに言って、旅行中はサウムをしない方がよいとされています。しかしラマダーン月の旅行者は、もしサウムをしても余り困難が見込まれないようであれば、サウムをした方がよりよいでしょう。しかしもし旅行中にサウムをすれば困難に直面しそうなのであれば、サウムはひとまず解いておいた方がよいでしょう。また旅行中のサウムが非常な困難を伴うのが分かっていれば、そのような時はサウムをしないことが義務となります。そして旅行が理由で義務のサウムをしなかった場合は、後でその分を補わなければなりません。

 アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちは預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と旅行したものですが、サウムしている者はそうしない者を批判しませんでしたし、サウムしていない者がそうしている者を批判することもありませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● サウムをするニーヤを立ててサウムを始め、その後1日中あるいは日中の一部を意識不明のまま過ごした者は、そのサウムは‐アッラーのお許しと共に‐正しく有効なものと見なされます。

● ラマダーン月、あるいはそれ以外の月において意識の喪失や病、精神異常などにより意識を失い、それから目覚めた者は、その間出来なかったサラー(礼拝)やサウムを後にやり直すことはありません。というのも、そのような者はその間諸義務の遂行を課せられてはいないからです。一方自ら進んでそのような状態を招いた者は、その状態から回復した後に出来なかった分の埋め合わせをします。

● サウムするニーヤを立ててスフール(夜明け前に摂る食事)を摂り、それから眠りに落ちて日没まで目覚めなかった者のサウムは正しいと見なされます。後でやり直す必要もありません。

● ラマダーンの昼間につい忘れて飲食したり性交したりしてしまっても、そのサウムは正しいと見なされます。

● サウム中に夢精した者のサウムは正しいと見なされます。そのような者はグスル しなければなりませんが、罪を犯したことにはなりません。

● サウムするのが困難な状況にあるか、あるいはすれば自らを害することが分かっている者は、サウムしてはいけません。そのような者にはサウムをしないことが義務となり、後にその埋め合わせをします。

● ムスリムは常に清浄な状態にあることが望まれます。一方サウムしようとする者で大きな汚れ や月経や産後の出血が上がった後の状態にある者は、その状態を清めるためのグスルをファジュル(暁)前まで後伸ばしにすることが出来ます。そしてそのサウムは正しく、有効なものとみなされます。

● ラマダーン月に旅行する者は、乗り物に乗り込む前にサウムを解いておくことがスンナ です。また溺れている者の救助や火事の消火活動のためなど、他人の福利のためにサウムを解いた者は、後にその日の分のサウムをやり直します。

● 太陽が沈まない土地でサウムする方法:

 夏に太陽が沈まず、冬に太陽が昇らないような土地にある者、あるいは昼がある一定の期間連続し、夜もある一定の期間連続するような土地にある者は、昼夜の区別がつく最寄りの土地の時刻に従ってサラー(礼拝)とサウムをします。但し昼夜の合計時間数は24時間でなければならず、サウムを開始したり終了したりする時刻や日付は、その国のそれに従います。

● ラマダーン月の昼間に月経中の妻と交わった者は、罪の償いをした上に、そのサウムをやり直す必要があります。そして月経の章で示したように、1ディーナール(4.25g)あるいは半ディーナール分の金を施さなければなりません。

● 日没前に旅客機が出発して離陸したら、サウムしていた者は日没までサウムを解くことが出来ません。

● ラマダーン月のサウムの義務性を否定する者は、サウムしようとしまいと不信仰に陥ったことになります。一方無頓着や怠惰ゆえに義務のサウムをしない者は不信仰に陥っているとはみなされず、ゆえにそのサラー(礼拝)も正しく有効であると見なされます。ただそのような者は非常に大きな罪を犯していると見なされるでしょう。

● サウムを無効にする物事は次の通りです:

1-日中の飲食。
2-日中の性交。
3-性交渉やキス、自慰行為などによって覚醒した状態で精液が発射されること。
4-日中に注射や点滴などによって、栄養剤などを摂取すること。

以上のものは、それらがサウムを無効とするものであることを知りつつ、故意に、かつ意識的に行った者のサウムを無効にする物事です。

5-日中の月経、及び産後の出血。
6-イスラームの棄教。

● サウムを無効にする物事は2種類に分類されます:

1-飲食やそれに類する諸事のように、身体を益したり、また栄養を補給したり、強化したりする物質が体内に入ること。あるいは血液やアルコールなどの摂取のように、身体に害を及ぼす物質が体内に入ること。

2-精液の発射や月経及び産後の出血に代表されるように、身体の疲労や消耗をもたらすような物質が体内から放出されること。

● まだ夜だと思い込んで食べていたら、実はもう朝になっていたことを後に知った者、あるいは太陽がもう沈んでいると思い込んで飲食したものの、実はまだ日没していなかったことが判明した者のサウムは正しく有効です。やり直しする必要もありません。

● サウムを無効にしない物事:

 コフル 。注射。尿道から垂れる尿滴。薬品の塗布。香水。油。お香。ヘンナ 。眼、耳、鼻に1滴ほどの物が入ること。嘔吐。吸玉放血法(カッピング)。静脈による放血法(医療の1種)。血を抜くこと。鼻血。出血。負傷による出血。抜歯。精液に先駆けて出る潤滑液。あるいは尿の後に出ることのある白く濁った液体。喘息の発作を抑える吸入・・・。

● 血液検査のための採血や、栄養補給などではなく医療ゆえの注射などは、サウムを無効にしません。しかし出来るだけ夜間に行う方が望ましく、また賢明でしょう。

● 女性はサウム、あるいはハッジ(大巡礼)のために月経の時期を遅らせる薬品を使用することが許されています。但し医師など信頼のおける筋から、その使用の安全性を確認することが必要ですし、出来ればそのような物は使用しないで済ませる方がよいでしょう。

● 全血液の洗浄‐体内から血液を抜き、そこにある種の物質を付加してきれいな状態で再び体内に戻す医療法‐は、サウムを無効にします。

● サウムする者は自慰行為、あるいは配偶者と性交に至らない範囲で射精した場合、罪を犯したと見なされます。このような者はそのことに対する代償を払う必要はありませんが、後でそのサウムを再度やり直さなければなりません。

● ラマダーン月にサウムしたまま旅行し、その昼間に妻と性交してしまった者は、そのことに対する代償を払う必要はありませんが、後でそのサウムを再度やり直さなければなりません。

● ラマダーン月の日中に定住状態にある者がもし故意に、そしてその事がサウムを無効にすることを知りつつ、かつ意識的に妻と性交すればそれは罪であり、そのことの代償を支払わなければならず、またそのサウムをやり直さなければなりません。しかしもしそれが強制によるものであったり、あるいはその事がサウムを無効にするということに無知だったり、あるいはつい忘れてそうしてしまった場合、そのサウムは正しく有効であると見なされます。そのような者はサウムをやり直す必要もなければ、代償を支払う必要もありません。これは男女双方に適用される規定です。

● ラマダーン月の昼間の性交によるサウムの無効化の代償は:

 奴隷を1人解放することです。もし奴隷がなければ、2ヶ月連続のサウムです。そしてそれが出来なければ、60人の経済的困窮者に半サーア ずつの食事を振舞わなければなりません。そしてそれさえも出来ないのなら、代償を払う義務は免除されます。尚この代償は、サウムの義務を課されている者がラマダーンの昼間に、その事がサウムを無効化するということを知りつつ故意に性交した場合にのみ課されます。ゆえに任意のサウム、誓いのサウム、あるいは義務のサウムのやり直しにおいて昼間に性交した場合、代償は課されません。

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「ある男が預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとにやって来て、言いました:“アッラーの使徒よ、私はもうだめです。” 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“何がだめなのだ?”(男は)言いました:“ラマダーン月に妻と交わってしまいました。”(預言者は)言いました:“奴隷を1人解放出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”(預言者は)言いました:“それでは2ヶ月間連続してサウムすることは出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”(預言者は)言いました:“それでは60人の困窮者に食事を振舞うことは出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”それから(男は)座りました。
 すると預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに、ナツメヤシの実が入った袋が運んで来られました。(預言者は男に)言いました:“これでもって施すがよい。”(すると男は)言いました:“私たちより貧しい者に、ですか?2つの溶岩地帯の間(マディーナのこと)には、私たちよりもそれを必要としている者はいないというのに。”すると預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は犬歯が露わになるほど笑われ、こう言いました:“行くがよい。そしてそれでお前の家族に食べさせよ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 代償としての2ヶ月連続のサウムなどを課された者は、2つのイードの日、旅行、サウムが出来ない類の病気、月経や産後の出血などがない限り、それを連続して行わなければなりません。

● ラマダーン月の昼間に2日間、あるいはそれ以上妻と性交してしまった者は、その日数だけの代償とサウムのやり直しをしなければなりません。しかしもし1日に何度も性交してしまった場合は、代償は1日分のみと見なされ、無効となったその日のサウムは後にやり直します。

● サウムをしていない旅行者が昼間に旅行を終え、そしてその妻が月経や産後の出血から清浄な状態にある場合、彼は妻と性交渉を行うことが出来ます。

● ラマダーン月にやり残したサウムは、迅速にかつ連続して完遂することが推奨されます。もし時期的に余裕がない場合(つまり次のラマダーンが迫って来ているような場合)は、連続して行うことは義務となります。そしてもしラマダーン月にやり残したサウムの完遂を正当な理由もなく次のラマダーン月が来るまで後伸ばしにしてしまったら、それは罪深いことであり、かつその遂行義務は継続します。

● 偉大かつ荘厳なるアッラーはサウムを遂行することが出来る者に対して、ラマダーン月のサウムをその定刻通りに行うことを義務付けられました。また旅行者や月経中の者など、一時的な正当な理由を有する者に対しては、ラマダーン月の後にその義務を遂行することを義務付けられました。そして老衰している者など、ラマダーン月の間もその後もサウムの遂行能力がない者に対しては、食べ物による施しを義務付けられました。

● ラマダーン月のサウムの義務を遂行しないまま死んでしまった者は、もし病気その他の理由による正当な口実がなかったなら、故人の代わりに誰かがそれを遂行したり、あるいは食事を施したりする義務はありません。一方そうする能力があったにも関わらず、サウムの義務を遂行しないまま死んでしまった者に関しては、その後見人(遺産相続人)が代わりにサウムを遂行しなければなりません。
   アーイシャ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サウムの義務を果たさぬまま死んでしまった者は、その後見人がその者のためにサウムするのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● その義務性を知りつつ、故意にかつ意識的にラマダーン月にサウムしなかった者で、かつサウムをしなくてもいい正当な理由もなかったような者は、後にそのやり直しをすることも出来ず、またもしそうしたとしてもそのサウムは正しく有効なものではありません。そのような者はひどい罪を犯しているのであり、悔悟し、かつ罪の赦しを乞わなければなりません。

● 誓いのサウムや誓いのハッジ(大巡礼)、誓いのイァティカーフ(お篭り)などを遂行しないまま死んでしまった者に関しては、その後見人がその義務を遂行することが奨励されます。後見人とは遺産相続人のことですが、それ以外の者でも有効であり、かつ報奨が与えられるでしょう。

● サウムをしない、あるいはサウムを解除しようと考える者は、例えサウムをしていたとしても既にサウムを解いたことになります。というのもサウムは2つの基幹‐ニーヤ(意図)と、サウムを無効にする物事から身を控えること‐のもとに成立しているのであり、もしサウムをしない、あるいはサウムを解こうと思った者は、その時点で全ての行いの基本でありかつあらゆるイバーダ(崇拝行為)の構成要素の中でも最も偉大なものであるニーヤという、サウムの基幹の1つが欠落してしまっているからです。

● 「もし明日からラマダーンだったらサウムしよう」と決めてシャアバーン月(ラマダーンの前の月)30日目の晩に寝た者で、後に(彼がシャアバーン月30日目と思い込んでいた)その日が実はラマダーン初日であることが判明したのなら、そのサウムは正しく有効なものとなります。

● 禁止令というものはもしそれがイバーダ(崇拝行為)そのものに関するものであれば、それを犯す事は禁じられており、かつそうすることでそのイバーダ自体も無効となります。そのような例としてイードの日にサウムすることなどが挙げられます。また、禁止令がそのイバーダ特有の言葉や行いに関するものであれば、それを犯すことでそのイバーダ自体が無効となります。例を挙げるなら、サウムする者が食事を摂取することで、そうすればそのサウムは無効になります。そしてもし禁止令がイバーダやその他のことに関する一般的なものであれば、それを犯してもそのイバーダ自体が無効化することはありません。例えばサウムをする者が人の陰口を言ったりすることで、それは禁止行為ではあってもサウムを無効化にまではしません。この法則は全てのイバーダに適用されます。
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③サウム(斎戒、いわゆる断食)におけるスンナ :

③サウム(斎戒、いわゆる断食)におけるスンナ :

● サウムする者は、スフール(夜明け前に摂る食事)を摂ることがスンナです。スフールには祝福があり、ナツメヤシの実で摂ることがよいとされています。また時刻は遅めに摂ることが勧められています。スフールの祝福の1つとして、ムスリムがそれでもってアッラーへの服従とイバーダ(崇拝行為)において力強くあること、また罪の赦しを乞いドゥアー(祈願)するべき時間に睡眠に負けることなく起きていられること、皆と共にファジュル(夜明け前の礼拝)を礼拝できること、啓典の民のサウムの手法と違った手法をとることなどといったことがあります。

● またイフタール(日没直後のサウム解除の際の飲食)は早めに摂り、礼拝前にナツメヤシの実でサウムを解くのがスンナです。もしナツメヤシの実がなければ水で、そして水さえもなければ何でもよいから合法的な飲食物でイフタールを摂ります。もし何も口にする物がなければ、心の中でイフタールを意図するだけに留めます。

● サウムをすることにより体内に蓄積してある糖分が大量に失われ、血糖値は通常よりも下がり、疲れやだるさ、めまいなどの症状が現れます。このような中でナツメヤシの実の摂取は‐アッラーの思し召しと共に‐サウムによって失われた糖分や活力を取り戻してくれることでしょう。

● サウムする者にイフタールを振舞うことはスンナです。そうすることでイフタールを振舞う者は、サウムした者と寸分も変わりのない同等の報奨を得ることが出来るのです。

● サウムするものがイフタールの時に言う事:

 サウムする者はイフタールの際、ズィクル(念唱)とドゥアー(祈願)を多く唱え、またそれを口にする時にアッラーの御名を唱えることがスンナです。そして食べ終わった時にはアッラーを讃え、こう言います:「喉の渇きは癒され、血管は潤い、そしてアッラーの思し召しならば(サウムの)報奨は確定しました。」(アブー・ダーウードの伝承 ) 

● サウムする者もしない者も、スィワーク することがスンナです。日中のいつでも行うことが出来ます。

● サウムする者は、誰かに悪口を言われたり喧嘩を仕掛けられたりしたら、こう言うのがスンナです:「私はサウム中です。私はサウム中です。」そしてもしその時立っていたら、座るようにします。

● サウムする者はズィクル(念唱)やクルアーン読誦、気前よくすること、サダカ(施しや善行)、貧しい者への慰安や罪の赦しを乞うこと、悔悟、タハッジュド 、親類縁者とのよき関係作り、病人の訪問などの善行を努めて多くすることがスンナです。

● ラマダーン月のイシャーゥ(夜の礼拝)の後には、タラーウィーフ(ラマダーン月の夜の特別集団礼拝)に参加することがスンナです。タラーウィーフはウィトル も含めた11ラクア、あるいは13ラクアがスンナですが、それ以上に増やしても問題はありません。そしてイマーム(礼拝を率いる者)と共に最後まで礼拝した者は、キヤーム・アッ=ライル(夜の任意の礼拝)の報奨を得ることが出来るでしょう。

● イード・アル=フィトゥル(ラマダーン明けの祭日)の日は、イードの集団礼拝に出かける前にナツメヤシの実を奇数個食べることがスンナです。

● サウムをしている昼間に食事に招待されたら、「私はサウムをしています」と言うのがスンナです。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「サウムしているのに食事に招待された者は、こう言うのだ:“私はサウムをしています。”」(ムスリムの伝承 )

● サウムをしていたか否かを問わず、誰かに食事をご馳走になったら、こう言うのがスンナです:「あなた方のもとでサウムをする者たちがサウムを解き、正しくよき人々があなた方の食べ物を食べ、天使たちがあなた方に対しアッラーの赦しを乞いますように。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承 )

● ラマダーン月のウムラ(小巡礼)はスンナです。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「・・・ラマダーン月のウムラはハッジ(大巡礼)、あるいは私と共にするハッジ(の報奨)に相当する。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● ラマダーン月最後の夜にウムラのためのイフラーム に入ったものの、イードの日の夜になるまでウムラの諸行を始められなかった者は、ラマダーン月内にウムラをしたと見なされます。というのも考慮されるのは、行為の開始時間であるからです。

● ラマダーン月最後の10日間は、様々なイバーダ(崇拝行為)でもって努力し、夜通し家族を起こしておくことがスンナです。

● ライラト・アル=カドゥル の徳:

 ライラト・アル=カドゥルはその年の全ての物事が公正に決定され、生きるための糧や寿命やその年の様々な出来事などが定められる、非常に意義深い1晩のことです。
 ライラト・アル=カドゥルはラマダーン月の最後の10日間のウィトル の中で求められますが、最もその確率の高いものは27日の夜と言われています。 

● ライラト・アル=カドゥルの特徴: 

 ライラト・アル=カドゥルは(そこにおいて得られる報奨において)1000の月、つまりおおよそ83年と4ヶ月という長期間にも優り、その晩は徹夜して正しい伝承で伝えられるドゥアー(祈願)の言葉を多く唱えることが勧められています。 

1-至高のアッラーはこう仰られました:-実にわれら(アッラーのこと)はそれ(クルアーン)をライラト・アル=カドゥルに下した。そしてライラト・アル=カドゥルとは何か?ライラト・アル=カドゥルとは、1000の月にも優るもの。(その夜)天使たちとジブリールはその主のお許しと共に、(その年にアッラーがお定めになった)全ての諸事のため降臨する。その夜は暁まで、(いかなることからも)平安なのである。,(クルアーン97:1-5)

2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ライラト・アル=カドゥルをイーマーンと報奨への望みをもってサラー(礼拝)する者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

3-アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はこう言いました:“アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)よ、教えて下さい。もしライラト・アル=カドゥルがどの日であるか知ることが出来たなら、その晩私は何を唱えるべきでしょうか?”(アッラーの使徒は)言いました:“こう言うのだ:「アッラーよ、あなたは罪を帳消しになされる、寛大なお方。あなたは罪を免除されることを愛でられるお方。ゆえに私の罪を帳消しにして下さい。」”」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 )
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④サウムにおける義務と忌避すべき、あるいは禁止される物事:

④サウムにおける義務と忌避すべき、あるいは禁止される物事:

● サウムする者は必要以上にうがいしたり、鼻の洗浄をしたり、また必要もなく食事の味見をしたり、あるいは吸玉放血法(カッピング)など体が弱る原因となるようなことを避けるようにすべきです。

● サウムする者は、マグリブ(日没)のアザーン(礼拝の呼びかけ)を聞いたらサウムを解かなければなりません。また真のファジュル(暁) に入ったら、飲食などサウムを無効にする物事を断たなければなりません。

● ムスリムは嘘や陰口、悪口などを常日頃から言ったりしてはなりませんが、ラマダーン月には特にそのようなことを慎まなければなりません。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アッラーは虚言とそれによる行い、無知(な者たちの性質など)を放棄しない者が飲食を断つことなど、お求めにもならない。」(アル=ブハーリーの伝承 )
 
● サウムしている者が妻とキスしたり性交渉を持ったりすること:

 サウム中にあっても、夫が妻にキスしたり、衣服の外から触れたり、(性交にまでは及ばない範囲の)性交渉を持つことは許されています。そしてそうすることで例え欲望が湧き上がったとしても、自らを抑制する自信があるならば問題はありません。しかしもし精液の流出などサウム中にアッラーが禁じられた物事を犯してしまう恐れがあるならば、そのようなことをするのは禁じられます。

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)はサウム(斎戒、いわゆる断食)の状態にある時、(妻たちと)キスしたり接触をもったりしました 。そして彼はあなた方の内で、最も自制心の強いお方でした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● サウムする者は、歯磨き粉を使用しても問題はありません。但しそれを飲み込んでしまわないように注意します。また暑さや渇きをしのぐために全身沐浴などをしても構いません。

● 許されるウィサールと禁じられたウィサール:
 
ウィサールとは:飲食などのサウムを無効にする物事を間に挟むことなく、2日間、あるいはそれ以上の期間に渡ってサウムすることです。これはアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の次の言葉によって、禁じられています:「“ウィサールをするのではない。ウィサールをしたい者は、スフール(夜明け前に摂る食事)の時刻まで(サウムを)継続させるがよい。”(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、あなたはウィサールしているではありませんか。”(アッラーの使徒は)言いました:“私はあなた方とは状況が違うのだ。私は食をお恵みになるお方から食を授かり、そして飲み物をお恵みになるお方から飲み物を授かりつつ夜を過ごすのであるから。”」(アル=ブハーリーの伝承 ) 
 
● サウムするものが痰を飲み込むことは許されますが、痰を飲み込むことはサウムしているか否かに関わらず忌避される行いです。というのも痰は汚いものであるからです。
また舌や歯から出血があったら、それらによってサウムを無効にしてしまわないように、飲み込まないようにします。
 
● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のサウムとその解き方:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はラマダーン月以外に、丸々1ヶ月間サウムすることは全くありませんでした。そして(時には)“アッラーにかけて。彼はサウムを解かないぞ”と言われるほどにサウムを続け、また(時には)“アッラーにかけて。彼はサウムをしなくなったぞ”と言われるほどまでサウムを(長期間)しませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-フマイドは、アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)が次にように言うのを聞きました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、(時には)私たちが彼はその月はサウムしないのではないかと思うほどに、サウムせずに過ごしました。そして(また時には、その月は)サウムを解かないのではと思うほどに、サウムを(続けて)行いました。また(時には)夜に彼が礼拝に立つのを見たいと思えば彼がそうするのを目にしないことはなく、また(時には)彼が眠っている姿を見たいと思えば彼がそうするのを目にしないことはありませんでした。」(アル=ブハーリーの伝承 )
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2-朝夕のズィクル(唱念)

2-朝夕のズィクル(唱念)

● ここに示すのは、聖クルアーンと真正な預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の伝承から抜粋した、ムスリムが朝夕に唱えるべきズィクルの数々です。それによってムスリムは自らを守ることが出来るのです。

● ズィクル(唱念)の時間帯:

 朝:ファジュル(暁)の後から日が昇るまで。
 夕:アスル(午後遅い時間)から日没時間まで。しかし忙しかったり、そうすることを忘れてしまったりした者は、それ以外の時間でもそれを補ってやり直すことが出来ます。

 至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに彼ら(不信仰者たち)の言うことに対して耐え忍び、そしてあなたの主の讃美をもって日が昇る前と沈む前にその崇高さを讃えよ。,(クルアーン50:39)

朝夕のズィクル

● ウスマーン・ブン・アッファーン(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“毎朝毎夕、「その御名と共にあれば天地のいかなるものも害することのない、アッラーの御名において。かれは全知全能のお方である」としもべが3回唱えるならば、彼は何の害も受けることがないであろう。”」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 ) 

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、ある男が預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに来て、こう言いました:「“アッラーの使徒よ、昨夜サソリに刺されてしまいました。”(預言者は)言いました:“夜を迎える前にこう言っていれば、それがあなたを害することはなかったであろう:「アッラーの完璧なお言葉をもって、かれの創造された悪からのご加護を求めます。」”」(ムスリムの伝承 )

● ウバイ・ブン・カアブ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼にはナツメヤシの実を貯蔵するつぼがありました。しかしそれが(夜な夜な)減っていくので、ある晩彼はそれを見張りました。するとそこに現れたのは、成熟期に入りかけた少年のような姿をした生き物でした。彼が挨拶すると、その生き物も挨拶を返しました。彼(ウバイ)は言いました:「“お前は誰だ?ジンなのか、人間なのか?”(その生き物は)言いました:“いや、ジンなのだ。”・・・‐中略‐・・・ウバイは言いました:“お前たちから身を守るには、どうしたらよいか?”(そのジンは)言いました:“夜を迎える前に、(クルアーンの)雌牛章の中のこの節: -アッラーは、かれ以外に真に崇拝すべきものがない(ところのお方)。(かれは)永生し、自存されるお方・・・,(クルアーン2:255)を唱える者は、朝が来るまで私たちから守られよう。そしてそれを朝に唱える者は、夜を迎えるまで私たちから守られよう。”そしてウバイは朝になった時、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに赴いてその話をしました。すると(預言者は)言いました:“その邪な者は、真実を語った。”」(アル=ハーキムとアッ=タバラーニーの伝承 ) 

● アブー・マスウード・アル=バドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“夜に雌牛章の最後の2章を読む者は、それだけで十分なのである。 ”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● ムアーズ・ブン・アブドッラー(彼にアッラーのご満悦あれ)が彼の父から伝えるところによれば、彼の父は言いました:「私たちは大雨の闇夜に、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がやって来て礼拝を率いてくれるのを待っていました。・・・すると礼拝を率いるべく、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がやって来ました。そして彼は言いました:“言ってみよ。”私は言いました:“何を言えというのですか?”(預言者は)言いました:“-言え、「かれこそはアッラー、唯一のお方」,とアル=ムアウウィザターン を朝夕に3回ずつ唱えるのだ。それらはあなたを全てのものから守ってくれるであろう。”」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承 )

● アブー・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“朝を迎えたら、こう言うのだ:「私たちは朝を迎えました。そして全ての主権が万有の主アッラーに属しつつ、朝となりました。アッラーよ、私はあなたに今日のよきことと、その勝利と、援助と、光と、祝福と、正しい導きを願います。そしてあなたに今日の悪いことと、その後の悪いことからのご加護を求めます。」そして夜を迎えた時にも、同じように言うのだ。”」(アブー・ダーウードの伝承 ) 

● サウバーン(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“私はアッラーが主であることに満足し、イスラームが宗教であることに満足し、ムハンマドが使徒であることに満足しました。”と朝夕に3回唱えるムスリムのしもべは、審判の日に偉大かつ荘厳なるアッラーによって必ずや満足させられることであろう。」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 )
 
● アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、夜を迎えるとこう言ったものでした:“私たちは夜を迎えました。そして全ての主権がアッラーに属しつつ、夜になりました。アッラーにこそ全ての賞賛はあります。いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他には真に崇拝すべきものはありません。アッラーよ、私はあなたにこの夜のよきものと、そこにおけるよきものを乞います。アッラーよ、私はあなたに怠惰さと老化、そして老衰の悪、現世の試練と墓の中の懲罰からのご加護を乞います。”そして朝を迎える時も、“私たちは朝を迎えました。そして全ての主権がアッラーに属しつつ、朝になりました。アッラーにこそ全ての賞賛はあります。いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他には真に崇拝すべきものはありません。アッラーよ、私はあなたにこの夜のよきものと、そこにおけるよきものを乞います。アッラーよ、私はあなたに怠惰さと老化、そして老衰の悪、現世の試練と墓の中の懲罰からのご加護を乞います。”と同様に言ったものでした。」(ムスリムの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、朝を迎える時にはこう言ったものでした:“アッラーよ、私たちはあなた(の恩恵)により朝を迎えました。そしてあなた(の恩恵)により夜を迎えました。私たちはあなた(のご加護)において生き、そして死にます。そして(死後蘇らされ)集められる先はあなたの御許です。”そして夜を迎える時には、こう言ったものでした:“アッラーよ、私たちはあなた(の恩恵)により夜を迎えました。そしてあなた(の恩恵)により朝を迎えました。私たちはあなた(のご加護)において生き、そして死にます。そして私たちの還り所はあなたの御許なのです。”」(アル=ブハーリーとアブー・ダーウードの伝承 )

● シャッダード・ブン・アウス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「最上のイスティグファール はこう言うことである:“アッラーよ、あなたは私の主であなたの他に真に崇拝すべきものはありません。あなたは私をあなたのしもべとして創造されました。私は出来る範囲であなたとの契約と約束 を守ります。私はあなたに私の成した悪からのご加護を求めます。そして私に対するあなたの恩恵と私自身の罪を認めます。ですから私を御赦し下さい。あなた以外に罪を赦される方はいません。”(そして預言者は)言いました:“そして昼間に確信をもってこの言葉を唱え、夜を迎えることなく死んだ者は、天国の民の一員となろう。また夜に確信をもってこの言葉を唱え、朝を迎えることなく死んだ者は、天国の民の一員となろう。”」(アル=ブハーリーの伝承 )

● アブドッラー・ブン・アムル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アブー・バクル・アッ=スィッディーク(彼にアッラーのご満悦あれ)は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)にこう訊ねました:「“アッラーの使徒よ、朝と夜を迎えた時に唱える言葉を教えて下さい。”(預言者は)言いました:“アブー・バクルよ、こう唱えるのだ:「アッラーよ、天地の創造主よ。不可視なる世界と可視なる世界を知るお方よ。万物の主・支配者よ。私はあなた以外に真に崇拝すべきものはないことを証言します。そして自分自身の悪、シャイターンの悪とそのシルク から、あなたにご加護を求めます。そして自分自身を害すること、或いは誰か他のムスリムを害することからの庇護をあなたに求めます。」”」(アル=ブハーリーとアッ=ティルミズィーの伝承 )

● イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、朝夕にこれらのドゥアー(祈願)を欠かしませんでした:“アッラーよ、私はあなたに現世と来世におけるお赦しと(あらゆる試練からの)ご加護を願います。アッラーよ、私はあなたに私の宗教、現世、家族、財産においてお赦しとご加護を願います。アッラーよ、私の恥部を隠し、私の恐れをお沈め下さい。アッラーよ、私の前、後ろ、左右、上から私をお守り下さい。私はあなたの偉大さにより、足元から突然崩壊させられることからのご加護を求めます。”(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“朝夕を迎える時に、「アッラーの崇高さを、その讃美と共に讃えます」と100回言う者は、審判の日に他のいかなる者よりも素晴らしいものを携えてやって来るであろう。彼と同様に、あるいは彼よりも多くそれを唱えた者は別であるが。”」(ムスリムの伝承 ) 
また別の伝承にはこうあります:「“朝に、「アッラーの崇高さを、その讃美と共に讃えます」と100回言う者は、その罪が赦免されるであろう。例えそれが海の泡の数ほど(数え切れない多さ)だったとしても、である。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● アブドッラー・ブン・アブザー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は朝夕を迎える時にはこう言ったものでした:「私たちはイスラームという天性のもとに、そして純正なる言葉 のもとに、そして私たちの預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の宗教と、純正なムスリムでシルク を犯す者ではなかった私たちの祖イブラーヒームの宗教のもとに朝を迎えました。」(アフマドとアッ=ダーリミーの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「1日100回“いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である”と唱える者は、10人の奴隷を解放したのと同様のもの(報奨)が与えられ、100の善行が記録され、かつ100の悪行が抹消され、そしてその日の夜を迎えるまでシャイターンから守られる。また(審判の日、)彼ほど素晴らしいものを携えてやって来る者はいないのである.但し、彼より多くそれを唱えた者は別だが。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● アブー・アイヤーシュ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「朝を迎える時に“いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である”と唱える者は、イスマーイールの子孫の奴隷を1人解放したのと同様のもの(報奨)が与えられ、100の善行が記録され、かつ100の悪行が抹消される。また彼の位階は10段階上げられ、そしてその日の夜を迎えるまでシャイターンから守られる。そして夜を迎える時にも同様にするのならば、彼は朝を迎えるまで同様のものに与るであろう。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承 )

● アブー・アッ=ダルダーゥ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「朝夕を迎える時に、“私にはアッラーだけで充分です。かれの他に真に崇拝すべきものはありません。私はかれに身を委ねました。かれは偉大なる玉座の主であられます。”と7回言う者は、偉大かつ荘厳なるアッラーによって現世と来世における心配事から守られるであろう。」(イブン・アッ=スンニーの伝承 ) 

● アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、ファーティマに言いました:“私からのあなたへの忠告を聞くのだ。(それは)朝夕を迎える時に、こう言うことである:「永遠に生き、自存するお方よ、私はあなたの慈悲によるお慰めを求めます。私に関する全ての物事を正し、私を一瞬たりとも見放さないで下さい。」”」(アン=ナサーイーとアル=ハーキムの伝承 ) 
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ズィクル(唱念)3-いつでも出来るズィクル(唱念)

ズィクル(唱念)3-いつでも出来るズィクル(唱念)
 

● この章では、どんな折にでも唱えることの出来る、タスビーフ やタハリール 、タハミード やタクビール やイスティグファール などのイスラームの教えに則ったズィクルを集めました。

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「舌には軽いが、(審判の日の善行の)秤には重く、最も慈悲深いお方(アッラーのこと)が愛でられる2つの言葉(とはこれである):“偉大なるアッラーの崇高さよ。讃美と共に、アッラーの崇高さを称えます。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● サムラ・ブン・ジュンドゥブ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アッラーが最も愛でられる言葉は4つである:「スブハーナッラー」と「アル=ハムド・リッラー」と「ラー・イラーハ・イッラッラー」と「アッラーフ・アクバル」 その内のどれから始めても害はない。”」(ムスリムの伝承 ) 

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“「スブハーナッラー」「アル=ハムド・リッラー」「ラー・イラーハ・イッラッラー」「アッラーフ・アクバル」と唱えることは、陽の目を見る全ての物よりも私にとって愛すべきものだ。”」(ムスリムの伝承 ) 

● アブー・マーリク・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“清浄さはイーマーン の半分である 。そして「アル=ハムド・リッラー」は(審判の日の善行の)秤を満たし、「スブハーナッラー」と「アル=ハムド・リッラー」は天地を充溢させる 。そしてサラー(礼拝)は光であり、サダカ(施し)は明証である。また忍耐は輝きであり、クルアーンは(審判の日)あなたにとっての証人、あるいはあなたに対しての証人にもなり得る。全ての者は行いに勤しみ、自らの魂を(アッラーと)取引する。それである者は(アッラーへの服従行為によって)自らの魂を(地獄の懲罰から)救い、またある者は(シャイターンや私欲に従って)自らの魂を滅ぼすのだ。”」(ムスリムの伝承 ) 

● アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(ある時)「最上の言葉は何ですか?」と訊かれて、こう言いました:「アッラーがその天使、あるいはしもべに対して選りすぐられたもの‐讃美と共に、アッラーの崇高さを称えます‐である。」(ムスリムの伝承 ) 

● サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちがアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとにいる時、彼は言いました:“毎日1000の善行を稼げないことがあろうか?”するとそこにいたある者が、こう訊ねました:“どうやって1000もの善行を稼ぐのですか?”(アッラーの使徒は)言いました:“タスビーフ を100回言えば、1000の善行が得られよう。あるいは1000の罪が洗い流されよう。”」(ムスリムの伝承 ) 
   また別の伝承にはこうあります:「1000の善行が得られ、彼から1000の罪が消されよう。」(アフマドとアッ=ティルミズィーの伝承 )

● ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“偉大なるアッラーの崇高さよ、あなたを讃美します”と1回言う者は、天国に彼のためのナツメヤシの木を1本植えられるであろう。」(アッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● ジュワイリーヤ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(とある)朝方ファジュル(夜明け前の礼拝)のために彼女の部屋を後にしましたが、その時彼女は礼拝の場にありました。そして日もすっかり昇った頃に彼が戻って来ると、彼女はまだ(同じ場所に)座ったままでした。彼は言いました:「“私が出て行った時と同じ状態のままだな。”彼女は言いました:“はい。”(預言者は)言いました:“私はあなたのもとを立ち去った後に、もし今日あなたが唱え続けていたものとそれを秤にかければ同等であるところの、4つの言葉を3回言ったのだ:「創造物の数だけ、(アッラー)御自身の御満悦を得るまで、玉座の装飾の重さだけ、そしてその御言葉の数だけ 、私はアッラーの崇高さを讃美し、かれを賞賛します。」”」(ムスリムの伝承 )

● アブー・アイユーブ・アル=アンサーリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である”と10回言った者は、4人のイスマーイールの子ら を解放したようなものだ。」(ムスリムの伝承 ) 

● サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「あるベドウィンの男が、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとを訪れてこう言いました:“私が唱えるべき言葉を教えて下さい。”(預言者は)言いました:“「かれに並ぶ者無き唯一のお方アッラー以外に真に崇拝すべきものは無い。アッラーは本当に偉大である。アッラーに限りない感謝をします。いかなる欠陥や不完全性からも無縁の万有の主アッラーの崇高さよ。そして偉大かつ公正なアッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もなし。」と言うのだ。”すると男は言いました:“それは私の主のためのものですが、私自身のためにはどう唱えるべきでしょう?”(預言者は)言いました:“「アッラーよ、私をお赦しになり、私にご慈悲をかけ、私を正しく導き、私に糧をお恵み下さい。」と唱えるのだ。”」(ムスリムの伝承 )

● アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“私はあなたと、あなたの天使たちと、あなたの玉座を運ぶ天使たちと、天地にある全ての存在の証言をもって、こう証言します:“あなたこそはアッラー、あなたの他に真に崇拝すべきいかなるものもないお方。あなたは唯一であり、あなたにはいかなる共有者もありません。そしてムハンマドはあなたのしもべであり、使徒です”と1回唱えた者は、アッラーによって地獄の業火から3分の1救われたに等しい。そしてそれを2回唱えた者は、アッラーによって地獄の業火から3分の2救われたに等しい。そしてそれを3回唱えた者は、アッラーによって地獄の業火から完全に救われたに等しい。」(アル=ハーキムの伝承 )
 
● アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「毎朝あなた方の身体の各関節には、サダカ(あらゆる形での慈善行為)が課せられる。全てのタスビーフ は1つのサダカであり、全てのタハミード は1つのサダカであり、全てのタハリール は1つのサダカであり、全てのタクビール も1つのサダカである。また善行を勧めることも1つのサダカであれば、悪行を禁じることも1つのサダカである。そしてドゥハー(午前)に礼拝する2ラクアは、それら全てに相当するのだ。」(ムスリムの伝承 )

● アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“私はアッラーが主であることに、そしてイスラームが宗教であることに、そしてムハンマドが使徒であることに満足しました”と言った者には、天国が義務付けられるであろう。」(ムスリムとアブー・ダーウードの伝承 )

● アブー・ムーサー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は彼にこう言いました:「“アブドッラー・ブン・カイスよ、天国の財宝の1つ(のありか)を教えてやろうか?” 私は言いました:“ぜひとも、アッラーの使徒よ。”(預言者は)言いました:“アッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もなし。”と唱えるのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“アッラーにかけて。私は毎日70回以上アッラーに罪の赦しを乞い、かれに悔悟する。”」(アル=ブハーリーの伝承 )

● アル=アガッル・アル=ムザニー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「実に私の心は怠慢に襲われる 。そして私は1日100回アッラーに赦しを求めるのだ。」(ムスリムの伝承 )

● アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「私のために1度祝福を祈る者は、アッラーによって10のご慈悲を与えられよう。 」(ムスリムの伝承 ) 

● イブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:「“かれの他に真に崇拝すべきいかなるものもない。永生され自存されるお方にお赦しを乞い、悔悟します”と3回言う者は、その罪を赦されるであろう。例え彼が敵軍に背を向けて逃亡した者であったとしても、である。」(アル=ハーキムの伝承 )
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ズィクル(唱念)4-特別なズィクル(唱念)




ズィクル(唱念)4-特別なズィクル(唱念)


4-特別なズィクル(唱念)

● 次に挙げるものは、特別な出来事‐つまり日常的な状況、困難な状況、特別な状況‐において唱えられるズィクルです。

①日常的状況におけるズィクル

● 食事や着衣の際に唱えること:

 ムアーズ・ブン・アナス(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「食事を終えた後、“私の力が少しも介在しないところにおいて、この食事を私にお恵みになられたアッラーにこそ全ての賞賛あれ。”と言った者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。また着衣した後、“私の力が少しも介在しないところにおいて、この衣服を私にお恵みになられたアッラーにこそ全ての賞賛あれ。”と言った者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 )

● 新調の衣服を着用した際に言うことと、言われること:

1-アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は長衣であろうとターバンであろうと、新しい衣類を着用する時にはアッラーの御名を唱えました。そしてこう言いました:“アッラーよ、全ての讃美はあなたにこそあれ。あなたこそが私にこれを着せて下さいました。これにある良きものと、これによって得られる良きものを与えて下さいますように。そしてあなたにそこにある悪しきものと、それによって得られる悪しきものからのご加護を求めます 。”」アブー・バスラはこう言っています:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の教友たちは誰かが新しい衣服を着用した時には、彼にこう言ったものでした:“(その服が)着古され、その後更にアッラーが新しい物を与えて下さいますよう。 ”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 )

2-ウンム・ハーリド・ビント・ハーリド(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに、黒い模様付きの絹織りの服を含む何枚かの衣類がもって来られました。(アッラーの使徒は人々に)言いました:“この絹織りの模様付きの服を、誰に着せたらよいと思うか?”すると人々は黙り込んでしまいました。(アッラーの使徒は)言いました:“ウンム・ハーリドを連れて来なさい。”そして私は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに連れて来られ、彼の手でもってそれを着せられました 。そして彼は私に2回、こう言いました:“(その服が)ぼろになり、着古されるまであなたが長生きしますよう。”そして彼はその絹織りの服の模様を眺め、私に向かってそれを指差してこう言いました:“ウンム・ハーリド、これは綺麗だな。”」(アル=ブハーリーの伝承 )

● 家に入る時に唱えること:

ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:“人が自分の家に入る折や食事の際にアッラーの御名を唱えれば、シャイターンは(その仲間たちに向かって)こう言う:「ここにはあなた方の寝泊り出来る場所もなければ、夕食もない。」そしてもし家に入った時にアッラーの御名を唱えなければ、シャイターンは(その仲間たちに向かって)こう言う:「ねぐらにありついたぞ。」そして食事の際にアッラーの御名を唱えなければ、シャイターンは(その仲間たちに向かって)こう言う:「ねぐらと食事にありついたぞ。」”」(ムスリムの伝承 ) 

● 家を出る時に唱えること:

1-ウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は家を出る時にはこう言ったものでした:「アッラーよ、私は自分が迷い迷わされることから、また過ちを犯し犯されることから、また不正を働き働かれることから、また無知に陥り無知に陥らされることから、あなたにご加護を求めます。」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承 ) 

2-アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「家から出る時に、“アッラーの御名において、私はアッラーにこの身を委ねます。そしてアッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もなし。”と言えば、その時その者は(天使から)こう言われる:“あなたは正しく導かれました。そして心配することもなく、ご加護を受けました。”そしてシャイターンたちは彼から遠ざかり、互いにこう言う:“正しく導かれ、心配する必要もなく、ご加護を受けた者をどうやって迷わせられるというのか?”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● トイレに入る時に唱えること:

 アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はトイレに入る時には、こう言ったものでした:“アッラーよ、私はあなたに男女のシャイターンからのご加護を乞います。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● トイレから出る時に唱えること:

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は用便を済ませて出てくると、こう言ったものでした:「あなたにお赦しを求めます。 」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● モスクに赴く時に唱えること:

イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)はある晩、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共に彼の叔母のマイムーナ(彼女にアッラーのご満悦あれ)の所で過ごしました・・・‐中略‐・・・するとムアッズィンがアザーン をしました。そしてアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、こう言いながらモスクへ向かって家を出ました:「アッラーよ、私の心に光を、私の舌に光を、私の聴覚に光を、私の視覚に光を、私の後ろから光を、私の前から光を、私の上から光を、私の下から光をお与え下さい。アッラーよ、私に光をお与え下さい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● モスクに出入りする時に唱えること:

1-アブドッラー・ブン・アムル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はモスクに入る時にはこう言ったものでした:「私は偉大なるアッラーに、その尊い御顔に、そして原初よりのかれの権威において、呪われたシャイターンからのご加護を与えて下さるよう求めます。」(アブー・ダーウードの伝承 ) 

 2-「アッラーの御名において、そしてアッラーの使徒に祝福と平安あれ。アッラーよ、あなたのご慈悲の扉を私にお開き下さい。」
 そしてモスクを出る時には、こう言いました:「アッラーの御名において、アッラーの使徒に祝福と平安がありますように。アッラーよ、私にあなたの恩恵をお恵み下さい。」イブン・マージャはこの伝承を次の言葉と共に伝えています:「アッラーよ、私を呪われし悪魔からお守り下さい。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャとイブン・アッ=スンニーの伝承 ) 

● 新月を見た時に唱えること:

タルハ・ブン・ウバイドッラー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は新月を見た時には、こう言ったものでした:「アッラーよ、祝福とその継続と共に、そして平安とその継続と共に新月をお見せ下さい。私とあなたの主は、アッラーです。」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承 )

● アザーン(礼拝への呼びかけ)を聞いた時に唱えること:

1-アブドッラー・ブン・アムル・ブン・アル=アース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が次のように言うのを聞きました:「アザーンを聞いたら、彼が言うように(後について)言うのだ。それから私に対しての祝福を祈願する言葉を上げよ。私に1回祝福を祈願する者には、アッラーが彼のためにその10倍のご慈悲をかけて下さる。それから私のために、アッラーにアル=ワスィーラ(かれの御許での高い位階)を乞うのだ。それは天国において、アッラーのしもべの中のしもべにしか許されない位階であり、私がそれ(を与えられる者)であることを望む。私にアル=ワスィーラを乞う者には、とりなしが与えられるであろう。」(ムスリムの伝承 )

2-ジャービル・ブン・アブドッラー(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アザーンを聞いた際に、“アッラーよ、この完全なる呼びかけと常なるサラー(礼拝)の主よ。ムハンマドに天国での位階と栄誉を与え、彼をあなたが約束されたところの賞賛に溢れた場所へと復活させて下さい”と言った者には、審判の日私のとりなしがあるであろう。」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

3-サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アザーンをする者(の声)を聞いて、“私は、並ぶ者無き唯一のアッラー以外に真に崇拝すべきものは無く、ムハンマドは彼のしもべであり使徒であると証言します。私はアッラーが私たちの主であり、イスラームが私たちの宗教であり、そしてムハンマドが私たちの使徒であることに満足しました”と言う者は、その罪を赦されよう。」(ムスリムの伝承 ) 


②困難の際のズィクル


● 辛く悲しい時に唱えること:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は辛い時にはこう言ったものでした:「偉大かつ寛大なアッラー以外に真に崇拝すべきものはなく、偉大なる玉座の主であるアッラー以外に真に崇拝すべきものはなく、天地の主・貴い玉座の主アッラーの他に真に崇拝すべきものはありません。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

2-そしてムスリムの伝える伝承にはこうあります:預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は何らかの災厄を被った時には、こう言ったものでした・・・以下上記の伝承と同文。(ムスリムの伝承 ) 
 
3-サアド・ブン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ズー・アン=ヌーン(ユーヌス、つまりヨナのこと)が大魚の腹の中で唱えた祈願の言葉:「あなたの他に真に崇拝すべきいかなるものもありません。崇高なるお方よ。私は実に不正者の仲間でした」とムスリムが呼びかければ、アッラーが彼に応じられないことはないであろう。”」(アッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● 恐怖心を抱いた時に唱えること:

サウバーン(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は恐怖を覚えた時に、こう言ったものでした:「かれこそが主。私はかれにいかなるものも並べたりはしない。」(アン=ナサーイーの伝承 ) 

● 心配や悲しみに襲われた時の唱えること:

アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“心配や悲しみにとらわれてもこのように唱えれば、アッラーはその心配と悲しみを消し去られ、その代わりに喜びをもたらして下さるであろう:「アッラーよ、私はあなたのしもべです。あなたの男のしもべの息子で、あなたの女のしもべの息子です。私の前髪はあなたの御手に委ねられています 。あなたの私に対する裁定は既に成され、私に関するあなたの判決は公正です。私はあなたが自らそう名付けられた、あるいはあなたの啓典の中で下された、あるいはあなたがあなたの創造物に教えられた、あるいはあなたが不可視なる知識においてそれを占有されている全ての御名において、クルアーンを私の心の春とし、私の胸中の光とし、私の悲しみや不安を取り除くものとして下さい。」”すると(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、私たちはその言葉を学ぶべきではないですか?”(アッラーの使徒は)言いました:“もちろん、それを聞いた者は学ぶべきである。”」(アフマドの伝承 ) 

● 人々を恐れる時に唱えること:

1-アブー・ムーサー・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は人々に対して恐怖感を抱いた時、こう言いました:「アッラーよ、彼らの首根っこをおつかみ下さい。そして私たちはあなたに、彼らの諸悪からのご加護を求めます。」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 ) 

2-「アッラーよ、あなたが望まれる方法で私を彼らからお護り下さい。」(ムスリムの伝承 ) 

● 敵と対面した時に唱えること:

1-アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は戦いの際、こう言ったものです:“アッラーよ、あなたは私の力で、あなたは私の援助者です。あなたによって(敵の策略を)壊滅させ、あなたによって遠征し、あなたによって戦います。”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

 2-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、イブラーヒーム(アブラハム)は火の中に投げ込まれた時に「私たちにはアッラーさえいらっしゃれば十分です。そしてアッラーこそ最高の庇護者です」と言いましたが、ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、人々が: -人々から「あなた方(との戦い)のために敵が集結している。彼らを恐れるのだ。」と言われても、むしろ(動ぜずに)イーマーン が増大し、「アッラーさえいらっしゃればそれで十分なのだ。全てを請け負われるお方の何と素晴らしいことか。」と言う者たち。,(クルアーン3:173)と言った時に、この言葉を唱えました。(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● 敵に対する勝利を願う時に唱えること:

 アブドッラー・ブン・ウバイ・アウファー(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は塹壕の役 で、(マッカ軍の)シルク の民に対して、アッラーにこう祈りました:“アッラーよ、啓典を下されたお方よ、清算を敏速になされるお方よ、敵軍を敗走させて下さい。アッラーよ、彼らを揺るがせ敗走させて下さい。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● どうしようもないような状況に陥った時に唱えること:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“強い信仰者はアッラーにとって弱い信仰者よりも優れており、寵愛に値する存在である。そしてそのいずれもよき者なのだ。あなたを益する事において努力し、アッラーにご援助を乞え。そして自分が無力であると思うのではない。何か望ましくない事が起こっても、「もしこうしていたら、このようになっていたのに」などと言ってはならない。しかしこう言うようにせよ:「(これは)アッラーがお定めになられたこと。かれはかれのお望みのことをされたのだ」というのも、「もし」というのはシャイターンの行いの入り口だからである。”」(ムスリムの伝承 ) 

● 罪を犯した者が言い、またすべきこと:

アブー・バクル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“何らかの罪を犯してしまったしもべで、よく身を清め、それから立って2ラクアの礼拝をし、かつアッラーからのお赦しを乞う者は、アッラーによってその罪を赦されないことがないであろう。”それから(アッラーの使徒は)この節を読みました:-そして大罪、あるいは小さな罪を犯した後で、アッラーのことをズィクルする者たち・・・,」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● 返済不可能なほどの債務を抱えてしまった者が唱えること:

1-アリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼のもとに1人のムカーティブ がやって来て、こう言いました:「“私は自らの債務を返済することが出来ません。どうか助けて下さい。”(アリーは)言いました:“アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が私に教えてくれた言葉を、お前に教えてやろうか?”それを唱えれば、例えお前にサビール山ほどの借金があっても、アッラーがお前の債務をご遂行して下さるだろう。(そしてアリーは)言いました:“アッラーよ、私をハラームのものではなくあなたのハラールのもの で充分として下さい。そしてあなたの恩恵によって、私をあなただけで足る者として下さい。”」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承 ) 

 2-アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“アッラーよ、私はあなたに心配と悲しみ、無力さと怠慢、臆病と吝嗇、そして債務の重荷と人々の圧制からのご加護を願います。”」(アル=ブハーリーの伝承 ) 

● 大小の災厄に見舞われた者が唱えること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そして忍耐する者たちに良き知らせを伝えよ。(彼らは)災難が降りかかった時に「私たちは実にアッラーにこそ属し、そして彼の御許へと還り行く境遇にあります。」と言う者たち。彼らには主からの祝福とご慈悲があり、そして彼らこそは正しく導かれた者なのである。,(クルアーン2:155-157)

 2-ウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“本当に私たちはアッラーにこそ属します。そして本当に私たちはアッラーの御許へ帰って行きます。アッラーよ、私が受けた災難において(辛抱することで)私に報奨を与え、この災難の後にそれより素晴らしいものを私にお授け下さい。”」(ムスリムの伝承 ) 

● シャイターンとその囁きを駆逐するために唱えること:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-そしてもしシャイターンからの悪の囁きによってそそのかされた時には、アッラーにご加護を乞うのだ。実にかれこそは全てをお聞きになり、ご存知になられるお方である。,(クルアーン41:36)

 2-アザーン(礼拝への呼びかけ)とズィクルの遵守、クルアーンの読誦、アーヤト・アル=クルシー(クルアーン2:255)の読誦などを行うこと。その詳細については後に触れることにします。

● 怒りの際に唱えること:

 スライマーン・ブン・サアド(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちは預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとに座っていましたが、そこで2人の男が互いに罵り合い始めました。そしてその片方は激昂してもう1人を罵り、顔を真っ赤にしていました。それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“私は彼がそれを唱えれば、彼の抱いているものが消え失せてしまうところの言葉を知っている。もし彼がこう言えば:「アッラーに、呪われたシャイターンからのご加護を願います・・・」”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 


③特別な状況におけるズィクル


● 雄鶏の鳴き声やロバのいななき、犬の吠え声を聞いた時に唱えること:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「雄鶏の鳴き声を聞いたら、アッラーからのお恵みを乞うのだ。というのもそれは天使を見たのであるから。そしてロバのいななきを聞いたのなら、アッラーにシャイターンに対するご加護を乞うのだ。というのもそれは、シャイターンを見たのであるから。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-ジャービル・ブン・アブドッラー(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“夜に犬の吠え声とロバのいななきを聞いたのなら、アッラーにご加護を乞うのだ。というのもそれらは、あなた方には見えないものを見たのであるから 。”」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承 ) 

● 集まりの場から立ち上がる時に唱えること:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“無益でかしましい集まりの場から立つ前に、「崇高なるアッラーよ、あなたを讃美します。私はあなた以外に真に崇拝すべきいかなるものもないことを証言し、あなたにお赦しを乞い、そして悔悟します」と言った者は、その集まりの場であったことに関して赦されるであろう。”」(アフマドとアッ=ティルミズィーの伝承 ) 

● 病気その他の厳しい状況にある者を見た時に言うこと:

イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“厳しい状況にある者を見た時、「あなたに降りかかった災難から私を守って下さった、そして私をかれが創造された多くのものより尊んで下さったアッラーに称えあれ。」と言う者は、(その者に降りかかった)その試練に遭遇しないであろう。”」(アッ=タバラーニーの伝承 ) 

● ムスリムに不正を働く者に対してのドゥアー(祈願):

1-アリー・ブン・アビー・ターリブ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「塹壕の役 の日、私たちは預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共にありました。(預言者は)言いました:“彼らの墓と家を、アッラーが炎で溢れ返して下さいますよう。私たちは彼らのせいで、日が沈むまでアスル(午後遅くの礼拝)をすることが出来ませんでした。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

2-「アッラーよ、ムダル部族に対するあなたの懲罰を痛ましいものにして下さい。アッラーよ、彼らにユースフ(ヨセフ)のそれのような年月 をお与え下さい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 助言を省みずイスラーム法に背いた者に対して言われること:

 サラマ・ブン・アル=アクワァ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとである男が左手で食事していました。それで(アッラーの使徒は)言いました:「“右手で食べよ。”(男は)言いました:“出来ません。”(アッラーの使徒は)言いました:“ああ、あなたはそう出来ない。”男は驕慢さゆえにそれ(右手で食べること)を拒んだのでした。そして男の(右)手は(しびれて)口元まで上がらなくなってしまいました。」(ムスリムの伝承 ) 

● 悪を撲滅しようとする時に唱えること:

 アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がマッカ入城された時、カアバ神殿の周りには360の偶像がありました。彼は棒を手にそれらをつき壊し始め、こう言いました:-真理は到来し、虚妄は去った。,」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 善行を施してくれた者に言うこと:

1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は伝えています:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がトイレに入ったので、私は彼にウドゥー のための水を置いておきました。すると(預言者はトイレを出た後に)言いました:“これを置いたのは誰だ?”すると彼は誰かからそのことを聞き、こう言いました:“アッラーよ、彼(イブン・アッバース)に宗教に関する理解力を与えたまえ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

 2-ウサーマ・ブン・ザイド(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“善行を施され、それをしてくれた人に対して:「アッラーがあなたに最高の報奨をお与え下さいますよう」と言う者は、(アッラーに対する)讃美を示した者である。”」(アッ=ティルミズィーの伝承 )

● 果実の実りを見た時に唱えること:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「人々は果実がなると、それをまず預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに持って行ったものでした。そしてアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はそれを手にすると、こう言いました:“アッラーよ、私たちの果実において私たちを祝福して下さい。私たちの町において私たちを祝福して下さい。私たちのサーア において私たちを祝福して下さい。私たちのムッド において私たちを祝福して下さい・・・”そしてそれから彼の最年少の子供を呼び、それを与えたものでした。」(ムスリムの伝承 ) 

● 喜ばしい出来事にあった者がすること:

 アブー・バクラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は喜ばしいこと、あるいは嬉しいことがあると、至高のアッラーへの感謝のためにサジダ(伏礼)したものでした。(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承 )

● 驚きや喜びの際に言うこと:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼はマディーナのある道で預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に会いましたが、彼(アブー・フライラ)はその時不浄な状態 にありました。それで彼はこっそり抜け出し、グスル しに行きました。それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が彼のことを探しましたが、彼が(預言者のもとに)戻って来ると、こう言いました:「“アブー・フライラよ、どこに行っていたのか?”(アブー・フライラは)言いました:“アッラーの使徒よ、私は自分が不浄な状態にある時にあなたに遭ってしまいました.私はグスルをするまで、あなたと共にいたくはなかったのです。”それで(アッラーの使徒は)言いました:“崇高なるアッラーに称えあれ。信仰者は穢れたりはしないのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

2-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)が伝えるところによると‐中略‐「ウマルは言いました:“アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)よ、あなたはあなたの妻たちを離婚したのですか?”すると彼は私の方を見て、言いました:“いや。”私は言いました:“アッラーは偉大なり・・・”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 雲や雨を見た時に唱えること:

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は地平線の向こうから雲がやって来るのを見ると、例え礼拝中であったとしてもそれを中断してそちらへ向かい、こう言いました:「“アッラーよ、あなたが送られたものの悪から、あなたのご加護を乞います。”そしてもし雨が降れば2回、あるいは3回こう言いました:“アッラーよ、豊かで有益な雨を(お恵み下さい)。”そして偉大かつ荘厳なるアッラーがそれを止められ、雨が上がると、そのことゆえにアッラーを讃えました。」(アル=ブハーリーとイブン・マージャの伝承 )

● 風が強くなった時に唱えること:

 アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は風が荒れだした時には、こう言いました:“アッラーよ、私たちはあなたにその(つまり風の)良き事と、その中にある良きものと、そのために送られたところの良き事を願います。そしてその悪と、その中にある悪と、そのために送られたところの悪からのご加護を求めます。”」(ムスリムの伝承 ) 

● 使用人へのドゥアー(祈願):

アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私の母は言いました:“アッラーの使徒よ、あなたの小間使い(アナスのこと)のためにアッラーにドゥアーしてやって下さい。”(アッラーの使徒は)言いました:“アッラーよ、彼の財と子孫を増やし、あなたが彼に授けたものにおいて彼を祝福して下さい。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 誰か他のムスリムを褒めたい時に言うこと:

アブー・バクラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、‐中略‐アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「あなた方が人をどうしても褒めなければならない時は、こう言うのだ:“アッラーこそ真の裁定をされるお方であり、アッラーに対して誰のことを称えるつもりもありませんが、私は某を云々のようであると思います。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 ) 

● 誰かに褒められた時に言うこと:

ウダイ・ブン・アラトゥアは言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の教友たちは誰かに褒められた時には、こう言いました:“アッラーよ、彼らが言うことに関して私を咎めないで下さい。そして彼らが知らないことに関して私を御赦し下さい。そして私を、彼らが思っている以上に良い者として下さい。”」(アル=ブハーリーの伝承 )
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